【R18】コラボシャツを欲しがっただけなのに

A6(文庫)70ページ
R18短編小説2編を収録しています。
「コラボシャツを欲しがっただけなのに」
コラボシャツにかこつけて押し切られるコメディっぽい話。
「その体でもって知れ」
じりじりと距離をつめていく明石と押しに弱い審神者の静謐なシリアス話。

とらのあな booth


以下サンプルです。

「わぁ、万屋こんなのも売ってるんだ。刀剣男士のシャツ……? しかも女性用?」
 執務室。少し暇になったのでモニターを眺めながらネットショッピングをしていると、近侍の明石さんも隣から覗き込んできた。
「ね、コラボシャツだって。わー面白ーい……というか普通にクオリティ高いな」
 モニターには三日月や長谷部、燭台切といった女性人気の高い刀を中心に作られたコラボシャツがずらりと表示されている。詳細をタッチすると刀剣男士の横で女性モデルが着こなしているサンプルが現れた。
 コスプレとは趣が違うこのコラボシャツは、恐らく恋人同士が絆を深める為の商品なのだろう。そういえば先日、近侍とお揃いコーデの審神者さんに出くわしたけれど、今後も演練や万屋で恋人の衣服を身に着けたカップルを見かけることになるのだろう。その景色を想像すると、ついうっかり「いいなぁ」と口をついて出ていた。
「……おーおー。また結構なご趣味ですなぁ。何、欲しいんです?」
 明石さんが隣から冷やかすように口を挟んだ。
「だってお揃いだよ。そりゃ興味はあるけど……こういうのは恋人同士とかが着るものじゃない?」
 もちろん自分にはそんな相手などいない。近侍の明石さんとはこうやって軽口を叩き合うことがあるけれど、それ以上の関係ではない。どこにでもいる審神者と近侍の関係、それが私達だ。
 彼は私の好意を知らないし伝えたこともない。完全に私の片思いだ。
 明石さんはそんな私の心境を知ってか知らずか、呑気な声を出した。
「まぁ恋人の如何にかかわらず、好きなもん着たらええんちゃいます? 審神者の特権や」
「えっ本当に? いやでも、それただの面白い人じゃん……」
 一瞬納得しかけたけど、相手の了承も得ずに一人で舞い上がって着ようものなら、完全にヤバい人じゃないか。そう言うと明石さんは笑った。
「せやなぁ。オモロイなぁ」
「じゃあ、白いシャツに黒いインナーを胸元に合わせて着ちゃおうかな!」
 意地悪そうに微笑むのでやり返してやった。もちろん冗談である。
「ええで。着てみたらよろしいやん」
「冗談だってば。そもそも明石さんのコラボシャツ実装されてないし。たぶん実装は無理だろうな〜……」
 言いながら、明石さんのシャツの、その蠱惑的な胸元に釘付けになってしまう。がばっと開かれた胸元。細身の彼にしては意外にたくましい胸筋。そしてこの胸元で主張している黒いインナー。
 これが女性向けとして発売されたとしても、着れるわけがないじゃないか。
 明石さんは私に見られていることに気づいたのか、胸元を手で抑えてわざとらしく体を縮こませた。
「どこ見てはるんですか」
「ご、ごめん!」
 慌てて目をそらしたけれど、明石さんはさらに追及してきた。
「まさかとは思いますけど、自分のことやらしい目で見てはるんですか」
「ちが、違うし!」
 違わないけど。ここは否定しておかないと審神者としての沽券にかかわる。
 顔を赤くして抗議すると、明石さんはそれに気を良くしたのか、けらけらと笑いながら堂々と見せつけてきた。
「まぁ別に見ても構いまへんけど。見ます?」
「見ません! しまってください!」
 明石さんは時々このようにからかってくる。もしかしたら遊ばれているのかもしれない。惚れた欲目もあってつい許容してしまうのだけれど、これってセクハラなのではないだろうか。
 胸ぐらをつかんで無理やりシャツのボタンを閉じ始めると、明石さんは決まり悪そうにぼやいた。
「苦しいねんなぁ」
「おかしいでしょそれ……!」
 苦しいというなら、そのチョーカーはなんなのだ。だいたいボタンひとつ開ければ済む話なのにがばっと開けすぎなのだ。そのようなことを突っ込むと彼は笑った。
「まぁそうは言いますけどな、首がきっちり閉まってると苦しいんやって。主はんも着てみます?」
「えっ」
 思わずボタンを閉じる手が止まる。
 もしかしたらただの冗談の一環だったのかもしれない。しかしコラボシャツどころか本人のシャツだなんて、これを逃すと二度と着る機会などないかもしれない。そう思うと好奇心に抗うことなどできなかったのだ。
「本当に? それはちょっと、着てみたい……かも」
「ええで。しゃーないなぁ、特別やで?」
 明石さんはドヤ顔で勿体つけたようにうなずいた。上着を脱ぎ捨て、シャツのボタンをぷつぷつと外しパサリと床に落とす。そしてそのインナーをぐいと引っ張ると頭から器用に取り去った。目の前で惜しげもなくさらされる裸体に悲鳴を上げそうになってしまい、慌てて口を押さえた。
「ほな、どーぞ」
 目の前には上半身裸の明石さんと、脱ぎたてほやほやのシャツ、それにインナーである。
 ノリで言い出したこととはいえ、なんだかとんでもないことに足を突っ込んでしまった気がする。

「わぁ……。本当に貸してくれるとは思わなかった。着ていいの、本当に?」
「ええよ」
 目の前の美丈夫は鷹揚にうなずいてみせる。
 彼はおもむろに立ち上がり、執務室の戸を引いた。外の光が遮断されて、執務室が薄暗く感じられる。ついでに「入室不可声掛け禁止」の立て札も出しているようだ。こんな遊び半分のお着替えのために、わざわざ緊急対応用の立て札を出すだなんて、仕事熱心な刀が後で知ったら怒るかもしれないな。などと、この時の私はまだ呑気に考えていた。
「どーぞ。向こう向いてますから気にせんでええですよ」
 明石さんが後ろを向いていることを横目で確認して、私はさっと自分の服を脱ぐ。彼のシャツはまだほんのり温かくて、本当に今着てたやつを着るんだという背徳感に包まれる。これはなかなかない貴重な体験かもしれない。
 さてインナーを拝借しようとして少々困った。私は今日肌着を身に着けていない。これをブラジャーの上につけたら下着が丸見えになってしまうわけだけれど、どうしよう?
 私は後ろで待機しているはずの近侍に声を掛ける。
「あの、すいまっ……せん」
「何? 自分の真似なんそれ?」
「いやそんなつもりは……。私あの、肌着を忘れてしまいましてですね、下着が見えてしまいそうでちょっと困るというか」
「自分は見えたところで別に気にしまへんけど」
 あぁーこれは女と見られていないフラグですね。こうなればやけだ。さっと着てひと笑いして終わらせてしまおう。
「わかりましたいいです」
 後になればこの判断が大いに間違っていたと言わざるを得なかったわけだが。
 ブラジャーの上にインナーをつけ、そしてシャツの腕を通す。
「あっこれは……キツイ……かもしれないですね……」
 予想通りだ。細身のシャツに中肉中背の私が入るはずがない。腕は通ったものの、問題は胸である。胸元が完全に開いてしまい予想以上に明石さんを再現している。けれども、男性の姿をしている彼と違い私は女だ。ブラジャーと胸の谷間をさらけ出していて完全に人前に出ちゃいけない格好だ。
「着たん? どれどれ」
「いやちょっと待って!?」
 私の静止も聞かず明石さんはずかずかと寄ってきて真正面に立った。目の前いっぱいに広がる裸体を見て相変わらずいい体をしている、とドキドキしてしまう。綺麗についた腹筋に形のいいピンク色の乳首を見てしまい、どうにも平常心ではいられない。
 胸を隠すように両腕でガードしていると、少し呆れたように言った。
「そないもじもじしとらんでぴしっと立つ」
「スイマセン」
 うちの近侍はこう見えてとてもしっかりしている。しかし恐る恐る腕を降ろしても表情が変わらないところを見ると、本当に女として興味がないのだろう。
「んー。これ取った方がええんちゃう」
「みゃっ!?」
 明石さんがブラジャーの下から肌の隙間に遠慮なく指を突っ込んできて、思わず変な声が出た。ますます呆れたような顔になり、自分の反応が場違いだったのかと変な汗が出てくる。
「あんなあ、せっかく自分の服を着るっちゅうから着方をあれこれ言うてやろう思ただけなんですけど」
「そそそうですよね……!」
 彼は恐らく純粋な気持ちでアドバイスしようとしてくれている。変な意味で取っているのは私だけだ。
「あと、この合わせが逆やな」
 インナーのクロスしている方向を正そうと手を伸ばしてきたから、慌てて固辞した。これ以上触られたらたまらない。
「わかりました自分でやりますぅ!!」
 もう後には引けない。ブラジャーを取って、インナーの交差する向きも直して、再度お披露目する羽目になった。なんでだ。

「……ん、なかなかええんちゃう」
「わぁーよかった……明石さんのお墨付きをいただきました……!」
 何度か胸の位置とかを調整して、ようやく近侍からオーケーが出た。胸の谷間を寄せて、明石さんがいつもボタンを留めているところまで閉めるのに成功する。しかし、それでも随分開けているので私の格好では出歩けないことに変わりはない。
 おどけてみせたけれど、本当はもうさっさと着替えたくてたまらない。胸の谷間をさらけ出しているところや、きゅうきゅうになったシャツに乳首が透けていやしないかヒヤヒヤしているのだけど、明石さんからは一切そういった言及はない。本当に下心抜きで手伝ってくれただけのようだ。最後に左腕の部分を綺麗にまくるところまで再現してくれて、本当に手がこんでいる。
 だらっとしているように見えて真面目な人だなぁとますます好きになったけれど、その一方で全く気がないことが判明してしまい残酷だなと思った。密かな恋心とはお別れしなければならない。
 そそくさと着替えようとするが、明石さんから待ったがかかった。
「せっかくやから下も履いてみまひょか」
「え? もうさすがに着替えたいんですけど……」
「いやいやせっかくですし。ちぃとおもろくなってもうたから最後まで付きおうてくれる」
 言うな否や、さっさと腰紐を取り、ベルトを外して本体を丁重に置く。そしてスラックスを脱ぎ出した。明石さんのグレーのトランクスを目にしてしまい、つい目を背ける。
 できるならもう少し違うシチュエーションで見たかった。彼はきっとそんなつもりもないのに惜しげもなくいい体をさらけ出して、なんの気もなしに私に接してくる。人の気も知らないで。けれど近侍がお願いをしてくるのも珍しいのでまぁいいか、と半ばやけになって受け入れることにする。
「胸が入らないのはかろうじて言い訳も立つけど、ズボンが入らないとなると今度こそ人権を失うんですけど」
「人権て。そない大げさな」
 明石さんはけらけらと笑った。この屈託のない笑顔である。
 まぁいいか、明石さんが笑ってくれるなら。服が入らずにみっちみちになった自分を笑うがいい。

 で。スラックスを借りたわけだけれど、案の定太腿から上に上がらない。失恋しただけで飽き足らず、近侍よりも太いという厳然たる事実を突きつけられてしまった。
 ていうかどんだけ細いんだ君は。やっぱりイケメンは骨格からイケメンなんだ。凡人とは作りが違う。足の長さだって全然違う。かかとで裾を踏んづけてしまい、くしゃっとしわになってしまった。
「入りません」
 素直に申告して脱ごうとするが、それより前に明石さんがこっちを見た。
「そうなん?」
「ちょっと見ないで! 駄目っ、うわ」
 何しろ今の自分はスラックスが上がりきっておらず、パンツがシャツの隙間から見えている。いくらなんでも駄目、絶対に駄目。視界を塞ごうとするが、慌ててしまい足がもつれた。
「ちょ……」
 明石さんも慌てて飛び込んでくる。私と明石さんは重なり合うように倒れ込み、尻もちをついて転がる。お尻は打ったけれど背中と後頭部は抱え込まれてたいしたダメージもなく済んだ。近侍がかばってくれたのだ。気がないのはわかったけど、私の近侍は相変わらず優しい。
 しかしこの状況は大変によろしくない。パンツ一枚で覆いかぶさって抱きしめてきた近侍の明石さんと、胸の谷間とパンツをはみ出したままのひどい格好の私。パンツ一枚なのにチョーカーや手袋といった装飾品を身に着けたままの彼は、もしかすると裸よりも卑猥なのかもしれない。ごくりとつばを飲み込み、場違いなことを考えてしまう。明石さんは下心なくかばってくれたに過ぎないというのに。
「イテテテ……。すいませんお見苦しいものをお見せしてしまって。もう着替えるから、あの、どいてくれる?」
 ここは何事もなかったかのように冷静に切り抜けることにする。
 明石さんは固まったまま、つぶさにこちらを観察しているようだった。なんだか様子がおかしい。
 やがて明石さんは私の腰をシャツ越しにするりと撫でた。
「女人はややこをぎょうさん産まんとあきませんからなぁ。別に人権も失うことないで」
「あっ……ありがとうございます……?」
 ズボンが入らないのをフォローしてくれようとしているのはわかった。しかし今の手は何?
「ここも。ややこがぎょうさん乳を飲むためには大きくないとあかんからなぁ」
 明石さんは続いて私の胸を両側からそっと包むように触れてきた。理解が追いつかず、呆然と眺めるしかない。彼の手に力が込められると、胸の先端が擦れて変な声が出てしまった。
「んっ……」
「どないしましたん」
 明石さんはキョトンとした顔で問うと、そのまま柔らかく触れてきた。
 やがてシャツ越しに胸の先端を探り当て、ふにふにとつついてくる。自分でもほんのりピンク色に透けているのを認識してしまい、羞恥に身をよじらせる。もしかして今までずっと見えてた? やばい、恥ずかしくて死にそうだ。
「やっ、あの、ちょっと……」
「勃ってますけど。まさか」
 ――感じてはる、とか?
「ちが、違――」
 否定するが、明石さんは執拗に親指で胸の先端を狙ってゆっくりと擦りつけてきた。両の先端をいっぺんに擦られるととても正気ではいられなくなる。
「ちょ、っ……待っ、ぁっ……」
「主はん、嘘はあかんなぁ」
「は、ぁ……ごめ……んっ、ダメだって……っ」
 息が上がってきて、まともにしゃべることすら怪しくなってくる。
「やらしー。ええよ、いっぱい感じて」
 私はもはや息も絶え絶えに荒い呼吸をしたまま。彼は調子に乗ったのか、胸をもにゃもにゃと揉み、やがて、かぷ、とシャツ越しにかじりついた。
「ちょ、何してるの……!?」
 彼はそれに答えることもなく、胸の先端を舌でつつき、甘噛みした。甘い感触と湿り気が乳首に伝わってくる。とにかく恥ずかしくて、私は彼を必死で押し返した。
「……何?」
「いやいや、何って……。えぇ……」
 もう片方の手は胸の上に置かれたまま、明石さんは不満そうに唇を尖らせている。何これ、私がおかしいの?
 固まっていると、明石さんは体勢を立て直して胡座をかいた。手を差し出してくるから、それに掴まり上体を起こす。ほっとしたとたん、そのまま膝の上に抱かれて優しく腰に手が回される。
 これではまるで恋人みたいじゃないか。一気に汗が吹き出てきた。
「何……? なんで……!?」
「なんで、って。自分の前でそないに乳と尻出して、どう見ても据え膳やんなぁ……?」
 明石さんは獲物を捕らえたように目を細め、ぺろりと舌なめずりをした。今までそんな素振りなど見せなかった彼が、まさかそのような目で見ているなんて。この思いはずっと秘めたままでいようと決意を固めたつもりだったのに、心がぐらついてしまう。
 シャツ越しに彼の体温が伝わってくる。今まで触れることがかなわないと思っていた彼の裸体が目の前にあり、信じられないことにそれに抱かれているのだ。
「いやいや、ははは……ご冗談を」
 しかし私はこれが悪い冗談なのではないか、という望みを捨てられないでいる。冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべるが、明石さんは返事の代わりに私の手を取って指を絡めてきた。どうしよう、こんな明石さんを私は知らない。雰囲気に飲まれてしまいそうで焦りばかりが募る。
「あのですね私、こういうの経験がなくてですね、その、なんていうかご希望には添えないと思うんですけど……!」
 我ながらひどい言い草だった。明石さんはこてんと首を傾げ、私の言い分を黙って聞いていたが、やがてゆったりと口を開いた。
「優しゅうしますけど」
「ふぇ……」
 想定外の答えが降ってきて、体の奥に甘い痺れが走った。
「いや、あの、今仕事中ですし……! ここ、執務室」
「そうですなぁ」
 私の必死のあがきは無情にも流される。明石さんは指を絡めたまま手を握ったり開いたり、親指で手のひらをくすぐってきた。その度にドキドキしてしまい、心臓が持たない。
「遠征部隊もしばらくは帰って来んし、警報も反応なし。ま、大丈夫やろ」
「何にも大丈夫じゃない……!」
 抵抗するべく明石さんの胸をきゅっと押す。ぺちぺち叩くと軽い音がするが、彼はくすぐったそうに鼻を鳴らしただけだった。
 明石さんの美しい肢体が惜しげもなく目の前にさらけ出されている。戦闘中や手入れ中は極力気にしないように意識をそらしていたけれど、こうも目の前で見せつけられてしまっては意識せずにいられない。露出の多い手袋を身につけた手。本当はその手にいつも触れたいと思っていたのだ。うっすらとついた腹筋。そして、その下のトランクスがふっくらと盛り上がっているのを認識してしまう。
 しかし、私には審神者としての立場がある。断らなければ。口を開きかけるが、彼の眼鏡の奥の薄緑色と視線が合うと、まるで魅入られてしまったかのように言葉を失ってしまった。
 明石さんは緩く指を絡めたまま私を眺めていたが、やがて深々とため息をつき、仕方なくといった様子で口を開いた。
「そうは言いましてもその服、自分のですし……。返してもらいませんと……」
「はぁ〜〜〜もぉー……! ソウデスネ……」
 負けた。完敗だった。
 私だってわかってはいるのだ。本気で嫌なら今すぐ殴ってでも逃げればいいのに、それをしないというのはつまり、そういうことなのだ。

(以下続く)