ヒトヅマ明石との盛大なる茶番


 私にはちっぽけな悩みがある。
 仕事を終えて離れに帰ってきたら、来派の面々と包丁が思い思いの姿で過ごしていた。愛染と蛍丸は新しいゲームを買ったようで、二人で画面を見つめながら対戦している。包丁が明石の膝の上でくつろいでいる。それだけならよくある光景、ただの仲睦まじい姿。ただ日頃から声高に主張している包丁の性癖を知る身としては、心穏やかじゃいられない。そう、彼は人妻が大好きなのだから。
「主さーん! おかえりなさい!」
「おや、主はん。もうお仕事はお終いで?」
「うん、ただいま」
 まとめた髪をほどき、ストッキングを脱ぎ捨て、脱衣所に投げ込む。ふう、とひと息ついて居間に顔を出すと、包丁がはしゃぎはじめた。
「ねぇ明石ぃ、アレやってよ〜アレ!」
「はあ、しゃーないなぁ」
 明石は包丁に何事かをせがまれていた。彼は軽く笑ってからこちらを見て、小首を傾げてしなをつくる。なんだよアレって。しかもやるんかい。
「主はん、お風呂にします? それとも、ご飯にします? ……それとも、じ、ぶ」
「ふんがー!!」
 言い終わらないうちに座布団を投げつけた。
「包丁! 明石さんに人妻プレイさせるんじゃない! 明石さんも乗せられてんじゃない!」
 そう悩みというのは明石が人妻判定されていることだった。女の私を差し置いて、だ。


「主はぁ〜ん、そないにカリカリせんでもええでっしゃろ?」
 畳に転がってふて寝を始めたら明石がたおやかな所作で慰めてきて、それにまた腹が立った。包丁が懐くのもわかるよ。わかるけれども。
 ちなみに包丁は狙いすましたように現れた一期一振によって回収されていった。妙な性癖を持つ弟を抱えて長兄も大変だ。
「君たちいつもあんな会話してるの?」
「いやぁ〜まあ一期はんも弟さんがぎょうさんおって大変そうですし、うちは二人なんで一人ぐらい引き受けても大したことあらへんし」
 ママ友かよ。長兄、保護者ネットワークも大変だな。
「あんまりにも一期さんが大変そうなら、短刀お世話番みたいなのを作るけどどうする?」
「別にええんちゃう? 全部が全部一期はんが見てるわけやないし、短刀は子供やありまへんし」
「そうだった。厚とか、前田や平野みたいなしっかりした子もいるし、いいのかな……」
 一期の身を案じたふりをした、包丁を引き剥がそう作戦は失敗した。このままだとまた包丁が明石に甘えにくる。
 別に彼らが仲良しなのは構わない。ただ包丁は女性的な審神者によく懐く。友人の審神者のところはウザいくらいに絡まれてそれはそれで大変みたいだけど、うちの本丸ではお菓子をたまにねだりに来る程度だ。まるで自分に女の魅力がないと言われているみたいで、自尊心をちくちくと傷つけられるのだ。


「そろそろお休みの時間やで。あんたら部屋に帰り」
「えー。まだゲームの途中なんだけど」
 明石が愛染と蛍丸に声を掛けると、彼らからぶーぶーと声があがった。
「ゲームの続きは部屋でもできるやろ?」
 明石は愛染と蛍丸を母屋の来派部屋に帰そうとしている。その裏側にある意図は察したけれども、正直気が乗らない。
 夜の明石はとてもしつこい。散々鳴かされて、へとへとになってしまう。人の営みには興味ありませーん、というような顔をしておいてだ。冗談だと思うだろう? だからこんなこと誰にも言えない。
 そりゃ愛されるのは嬉しいけれど、翌日には立てないほど愛されてしまうのは困るのだ。特に今は特命調査中のため、連日とても気力を消費して出陣指揮を行っている。だから最近それとなく避けてきたのだ。
「はあ……。じゃあ私も疲れたし寝ようっと……」
 逃げるように自室の戸を引くと、後ろからそっと手が重ねられた。明石だった。背後に柳のように寄り添うと腰に手を回し、耳元で囁いてくる。
「主はん、いけずな事言わんでください」
「うっわ……」
 私は自らの敗北を悟った。私が恋人からつれない態度を取られたとして、このようなしおらしい振る舞いができるかどうか? いや、無理である。女としての敗北感と明石への思いと、いろんな思いがごちゃまぜになって、柱にがつんと頭をぶつけてしがみついた。むしろもういっそひと思いに殺してほしい。
「そないなことしたら傷になるやろ」
「うう……」
 後ろから額に手を当ててくる。その優しさがつらい。
「じゃー俺たち帰りますかっと」
 助けを求めて愛染と蛍丸の方をちらりと見やると、目があった瞬間そそくさと帰り支度をはじめた。
「ちょっと待って! 帰らないで!」
「じゃ主さん、おやすみなさーい」
「はいおやすみ。ちゃんと毛布掛けて寝るんやで」
 彼らはさっさと退出していった。どうしてこういう時ばっかり聞き分けがいいんだよ!
「おかしいでしょ! なんで主の助けを無視するんだよ! 君の教育はどうなっているんだ」
 私は明石の胸ぐらを掴んで食って掛かった。
「そら茶番か本気かの区別ぐらいつきますって。むしろちゃあんと空気読んで退出するなんて、保護者の躾がええんやろなぁ」
「そっスか……」
 投げやりになって手を離す。この保護者を怒らせると後が面倒くさいから、彼らはそれを回避したにすぎない。まあそれを空気読んだと言ってしまえばそうなのかもしれないけれど。
 ともかく、退路を断たれてしまった。腰に回されたこの手がニクイ。しかし振りほどいたら角が立つ。あれ、詰んでる気がする。
 しかし来派の子たちは私と保護者の関係をどう思ってるんだろう。私としてはこういう姿を見せるのはいかがなものかと思っているのだけれど、この男は気にしていないようだった。
「こういうの見せて気まずくないの?」
「あの子らも子供のなりをしてますけど、子供やあらへんし」
「なんという都合のいい設定……」
 彼らは付喪神で、子供に見えるけれど実際は数百歳。刀によっては千年以上だ。私の年齢をゆうに越えていく。たしかにそうなんだけど、頭がついていかない。
 そういえばこの男も齢千年に届こうかという付喪神なのだ。ぺたぺたとつついてみると、くすぐったそうにして笑顔をみせた。こうしてみると人間とさほど変わらない。彼は何の気まぐれで私に付き合ってくれているんだろう? 不思議でならない。


 寝室に移動すると、彼は控えめに頭を預けてしなだれかかってきた。今日の明石はずいぶんと色っぽい。この雰囲気に飲まれまいと息巻いていた私もほだされてしまいそうになる。
 いかん、このままじゃ押し切られる。話題を変えよう。
「……包丁はさ、明石さんのことが好きなんだね」
「うん? まあ一期はんは厳しいですし、自分はそのへん適当ですから懐かれたんでしょうなあ」
「そういう意味じゃなくてさ……」
 私は言い淀んだ。
 明石は私の頭を優しく撫で、髪の毛をつまんではぐるぐると指に巻きつけている。髪がほどけるたびに頬に当たり、くすぐったくて意識が持っていかれそうだ。
「私を差し置いて君がヒトヅマ判定されてるのが悔しいんだ私はっ!」
 言ってしまった。
 明石はしばしあっけに取られた顔をした後、苦笑しながら言葉を紡ぎ出した。
「え、何? 自分に嫉妬してたん?」
「うるさい! 君が色っぽいのがいけない!」
「それってけなしてるんです?」
 腹が立ったので胸をぺちぺち叩くと、明石はにへらとしまりのない顔で笑っていた。何わろてんねん。
「包丁も別に主はんのことを認めてないわけやないんですから、心配いらんで」
「それはわかってるよ」
 包丁に造反の可能性があることを疑っているわけではない。極めて個人的な、ちっぽけなプライド。男の形をした刀剣男士に女性らしさで負けているというただ一点の話だ。
「だから言うの嫌だったんだ……。おかしいでしょ。包丁は普通、女性に懐くんだよ?」
「まあ自分やなくても蜻蛉切はんのとこでベッタリしてることもありますから、あまり気にせんと」
「うぐっ……と、蜻蛉切……」
 とんでもない流れ玉が飛んできた。確かに蜻蛉切は短刀にも優しくて、他人の世話を焼いてくれて人望も厚いけど。
「蜻蛉切に女らしさで負けてる……」
 口に出してしまうとなかなかキツイ。
「そらまあ、出陣中に缶ビール持って野次を飛ばしてたらなあ……。野球観てるんやないんですから」
「オッサンみたいだとでも言いたいのか」
「そこまで言ってませんけど」
 別に野次りたいわけではない。真剣勝負だからつい力が入ってしまうのだ。うちの本丸では「まず演練で慣れろ」と新人に通達があるらしいが、私のクソやかましい指示に動揺せず行動できるようになれという意味も多分に含んでいるらしい。ちなみに缶ビールはノンアルコールだからセーフである。え、アウト? いいんだよ誰も見てないんだから。
「まあええんやないんですか、主はんの野次……ええと叱咤? に鼓舞される刀もまあまあおるらしいですし」
「例えば?」
「え〜……そら〜まあ……」
 彼は言い淀んで視線をそらした。ホントにいるのかよ。
「わかった質問を変えよう。明石さんはどうなの?」
「自分は……まぁ今日も元気がよろしいですなぁと思うくらいで」
 あっこれはノットフォーミーってやつだ! 審神者知ってる! 明石国行の裏読み関西弁講座(民明書房刊)で読んだことある! おのれ……。
 ちなみに評判の悪い指示出しは改めようかと思ったものの、やっぱり自分がやりやすいようにやるのが一番だと開き直ることにする。

 しかし私がどれだけふざけた空気に持っていこうとしても、彼の意思は強靭だった。私の服の裾から指を差し込んで、腰をつうと撫でてきた。いよいよもってヤバイ。私は努めて冷静に諭した。
「あのね明石さん、知ってると思うけど明日も特命調査があるの。政府の偉い監査官さんも来るの……だからね」
「ほぉん。そんで次は連隊戦やー、それ終わったら秘宝の里やー、言うんやろ」
 明石の声が剣呑な雰囲気を帯びてきて、それが心に突き刺さる。我慢させている、という自覚はある。これ以上の言い訳が思いつかない。
「それは……」
「まあ、ええんですけど」
 彼は捨て台詞を吐くと布団を被り、背中を向けてしまった。
 私はため息をつくしかない。まあいいと言いながら、これは全然いいと思ってないやつだ。まずいなあ。私は穏便にやり過ごしたいだけで、喧嘩したいわけじゃない。でも、どうやらそれも限界のようだった。
「その……。ごめんね」
 そっと頭を撫でてみるが反応がない。どうやら相当腹に据えかねていたらしい。しばらく頭をポンポンと撫でていると、彼がぽつりとこぼした。
「ずっと待っとったんですけどなあ……」
「ごめん」
「主はんがあんまりいけずなことばかり言わはるもんやから……ウチ……ウチは悲しゅうて……」
「ウチって何?」
 明石は横座りになると、ハンカチをくわえてよよよとしなをつくってみせた。なんなの今日は? 一人称変わってますけど?
「ごめんて」
 彼は泣き真似をしながらチラチラ視線を送ってくる。これはいよいよ後に引けなくなった。ここで断ったらどんだけ後でぐだぐだ言われるかわからない。などと言い訳を連ねてみたけれど、彼の好意を無碍にするのは本意ではないのだ。
「はぁー……わかったよ、わかりましたよう!」
 私はやけくそになりながら膝立ちになる。明石の耳元へ顔を近づけると囁いた。
「抱いてやるよ」
「ほ、」
 捨て身の芝居。君がヒトヅマのようにたおやかな仕草をみせるなら、こっちは男役を演じてやる。
 笑われるかと思った。何言うてますの、とでもツッコまれて空気をぶち壊しにしてしまえばそれでもよかった。が、そんなことはなかった。
「それはそれは。よろしゅう頼んます」
 彼は目を伏せてうっそりと微笑んだ。その仕草の色っぽいことといったら! これは間違いなくヒトヅマだった。包丁の判定は正しかったのだ。
 けれど内心とてもげっそりした。おかしいだろ色々。


 気を取り直してずいと近づいてみる。彼は反射的に目を閉じた。
 眼鏡をそっと取り外す。長い前髪がさらさらと揺れ、意外に長いまつ毛が晒される。綺麗だなあとまじまじ見てしまう。均整の取れた顔立ち。意外としっかりした首筋。喉仏が突き出ていて、男の人なんだなと感じる。
 桜色の唇にそっとくちづける。彼はされるがままに大人しくそれを受け入れていて、目を閉じたまま動かない。どうやら今日は完全に受け身のつもりでいるらしい。下唇に食らいつくと、扇情的な吐息が聞こえてきた。これは、かわいいかも。調子に乗って口づけを二回、三回と繰り返すと、彼の口がわずかに開いた。なんだか誘われているみたいだけど、導かれるまま深く口づける。
 そろそろと口腔内を探っていくと彼の舌が柔らかく迎え入れてくれた。舌をこすり合わせているとだんだん気持ちよくなってきて、妙な声が出てしまう。
 それから彼の背中に手を回してぎゅっと抱いた。明石は細身だけれど、女の私に比べれば肩幅もしっかりしている。しばらくぎゅーっと抱きしめて、彼の体温を堪能する。
「……そんで?」
 明石が続きを促してくる。
「そんで、って」
「抱いてくれへんの」
 やっぱり抱きしめるだけで誤魔化されてくれないよね。ハァ。
「……わかった! 女に二言はない!」
「っはは。威勢がよろしいことで」
 ちょっと恥ずかしい。けど、ノッてくれるから応えたくなってしまう。
 大きく開いた胸元に目をやる。意外なようだが、彼はしっかりと胸筋もついている。触ってみるとけっこう硬い。上から何回か胸の感触を確かめると、胸元のバンドに指を差し入れた。
「君さあ……わざとらしく胸元開けちゃってさ、このバンドなんなの? 誘ってんの?」
 つう、と指を動かして柔肌を撫でる。すまして目を閉じていた明石が吹き出して笑いをこらえはじめた。
「なんやそれ、オモロイわ……」
「いや、こういう感じなのかなと思って……」
 言いながら羞恥で顔が熱くなる。
「ええよ、続けて?」
「まだやんの!?」
 笑われてしまい、さすがに正気に戻らざるを得ない。もういいよ、とバンドから手を引き抜くと、引き止めるように私の手を押さえつけ、自らの胸の上で固定した。
「すんまっせん……これ、気に入りまへんでした……?」
 わざとらしく声を作ってしおらしくしている。あくまでも茶番を続行するつもりなんだろうけど、この流れでよく続ける気になったな?
「続けるの、マジで?」
 そう言うと、明石はニヤッと笑って下手くそなウィンクをくれてきた。もう駄目だ、こんなん笑うしかない。
「はぁ〜……君ねえ、こんな格好じゃ襲われても文句言えないよ?」
 ひとしきり笑いをこらえた後、顔を作ってしかたなく続行する。つつ、とバンドの内側に手を差し込んだままシャツの中へ滑らせていき、胸の先端を探り当てる。女性のそれとは違って幼く未成熟な形をしているが、ふにふにと触っていると「あっ……」と声を漏らした。
 演技なのかはわからない。先程のことがあるから、ノッているだけなのかもしれない。けれど、なんだかドキドキしてしまった。
「君さあ、包丁くんに人妻だのなんだの持ち上げられて調子乗ってるよね」
「そないなこと……ありまへんけど……」
 胸から手を外して、下の方に降りていく。足のつけ根、スラックスの中心部分がふっくらと盛り上がっているのを見て取ると、カチャカチャとベルトを外しチャックを下ろした。
 しおらしい態度とは裏腹に立派な一物が飛び出してきた。
 ごくり、と喉が鳴ってしまう。いつ見ても凶悪な形をしている。華奢で美しい体から、ややグロテスクなそれが生えていることが不思議でならなかった。
 触るのは少し勇気がいる。いつもは明石が攻めてきて、私はされるがままだからだ。しかし今日は「抱いてやる」と言った手前、私がやらなければ。
 猛り狂ったそれを手で支えて、そっと口に含む。
 口でするのは初めてだった。明石はさすがに慌てたようだった。
「……大丈夫なん?」
 わずかにうなずいて合図を送る。しかし口の中がいっぱいになってしまってちょっとつらい。歯を当てないように、そろそろと気持ちいいところを探る。彼の表情をうかがうと、近辺から眼鏡を探り当てておもむろにかけ直したところだった。
「な、眼鏡……!」
「よう見えんねん」
「見なくていい!」
「まあまあそんなこと言わんで、もっかい頼んますわ。……うん、そう、そこ……っ」
 促されるまま再び口をつける。そっと根元を手で握り優しく包む。ちゅう、と吸ってみたり、先っぽを舌で転がしてみる。彼の端正な顔が歪むのを見て、少し快感を覚えた。どうしよう、なんだか楽しいかも。しかし余裕でいられたのはそこまでだった。
「っ……主はんに、お返しせなあきませんなあ」
 お返しって何?
 思考が回らないうちに、腰を持ち上げられて向きを変えられる。
「は……?」
 仰向けの明石に尻を向けて跨がる格好になった。いわゆるシックスナインという体勢だった。
「ちょ、ちょっと、やだっ……!」
 私の抗議にお構いなく、するすると下着を脱がしていく。どうしてこんな日に限ってスカートなんだろう。彼は私の下着をやや強引に取り去ると、ふうと息を吹きかけてきた。
「う、うう嘘でしょ!?」
「主はん……もしかして感じてたん?」
 グチョグチョですけど、と悪魔の囁きが聞こえる。ヤダヤダ、そんなこと聞きたくない。
 見られている、私の大切なところが。指で押し広げられて、つぶさに観察されている。そしてぬるりとした感触がした。
「あっ、やっ、やだあっぁっ……!」
「嫌嫌言うても、ここは悦んでるみたいですけど?」
 彼はそう言いながらぐりぐりと膣口をいじめ、陰核を指で触れてくる。何をされているのか全然見えないのはちょっと怖い。けど、――それ以上に興奮する。
「ふぁ……! や、やらぁ……」
 見られている、触られていると思うたびに下腹部がきゅっと疼いてしまう。嫌なはずなのに、本当は嫌じゃないのかもしれない。
 彼の一物が頬に押し当てられる。
「主はぁん、手が止まってますけど」
 それどころじゃない。私はその立派な物に掴まって彼の執拗な攻撃に耐えることしかできなかった。当初のしおらしい態度はどこへやら、立場はすっかり逆転していた。
 ひとしきり攻め立てられて、私はぐったりと体の上に身を預けた。
「うぅ……恥ずかしい……」
「あっはっは」
「何笑ってんだよ!」
「主はんが楽しそうやったんで、お返ししたくなりましてなあ」
「そうかよ……!」
 なんだか悔しい。もそもそと起き上がると、明石も上体を起こした。胡坐の上に腰を下ろして腕の中に収まる。
「主はん、来て……」
 彼が腰を引いて促してくるから、向かい合わせになって跨がった。彼の物をあてがって、ゆっくりと腰を沈めていく。私達は下半身だけを露出した即物的な格好で交わろうとしていた。なんと性急なことか。
 一応慣らしたけれど、ちょっと辛い。それに気づいたのか、明石が私の頬に手を当ててゆっくりと撫でた。
「痛い?」
「うぅ、ん……」
「しんどかったら、無理せんでも」
「だい、じょうぶ」
 当初の目的を思い出してゆっくりと腰を動かしはじめた。今日は私がやるのだ。痴女みたいで正直恥ずかしいけど。
「……どう?」
「ええ眺めやなあ」
 顔を上気させながらニコニコしている。気持ちよくはないのだろうか。難しいな。
「よ、余裕だね……?」
 その端正な顔を歪ませてやりたいけど、正直私の方に余裕はない。お腹の中にいっぱい収まっていて苦しいのだ。
「んー……」と彼は考えるそぶりを見せた後、私の腰を掴んだ。自らの骨盤に押し付けるように可能な限り引き寄せていく。彼自身がぐっと奥に入る感覚がして、思わず声を漏らした。
「ん……っ、そんなっ、いきなり」
「うん、ここやなぁ。主はんはここが好きやもんなぁ」
「あっ、ん……」
思わず逃れようとして膝を立てようとするが、力がうまく入らない。再び腰を引き寄せられて、私達は深く繋がった。奥のイイトコロから逃れようとして腰を浮かせると、内側がごりごりとこすられて快感となって襲ってくる。結果として追い詰められる羽目になってしまった。
「……ふふ。かーわええなぁ」
「かわ、いい……」
 下腹部がきゅんとしてしまう。
「そんなお世辞……」
「お世辞、ねえ」
「違うもん……かわいいのは明石さんだって……」
 私は主として皆を引っ張っていく役割が求められてきた。男勝りだと言われているのもわかっている。女らしさなんて捨て置いてきた。そのつもりだった。まさか自分でも惨めったらしく「女らしさ」にしがみつくとは思いもしなかったけど。
 そんな私を明石はかわいいと言ってくれるらしい。嬉しいというより、戸惑いが大きい。だからこうやって誤魔化してしまう。
「ま、それでもええんですけど」
 ――主はんのかわええとこは自分だけが知ってればええんで。
 耳元でこんな事を囁かれたものだから、私は達しそうになってしまった。
「ふぁっ……」
「……おっと。あきませんなあ主はん。もうちょい楽しんでもらいませんと」
 あっこれはやる気ある時の明石さんだ。それもかなり本気モードの。ヤバイ、こうなったら手がつけられない。
「はっ……話が、違う……っ」
「何がです?」
 言いながら私の腰を抱き、上下に動かしてきた。私は抱いてやると宣言したはずだ。けれどこれは違う、抱かれている。そう言いたいけど口からはくぐもったあえぎ声が漏れるばかりでうまくいかない。明石の肩に掴まって、快感に耐えるしかない。
 ビクビクと体が震える。ぎゅうっと深く繋がるように腰を抑え込まれ、軽くイッたまま刺激され続けた。
「はっ、はっ……はぁ……はぁ……」
「かわええなぁ」
 彼は本日何度目かのそれを口にした。
「どこが……」
「せやなぁ。そういう意地っ張りで素直やないとこも含めて、ですなぁ」
 深く繋がったまま、背中に手を回して抱きしめた。まるで愛おしいとでも言わんばかりの仕草にときめいてしまった。
 こうやって甘やかしてくれるから、私は私のままでいられるのだ。
「好き」
「……ふふ。ようやっと素直になりました?」
「うううるさい。私はいつだって素直だよ」
「はははっ」
「なにわろてんねん」
 彼がとってもおかしそうに笑うから鼻をつまんでやった。
 ヒトヅマのようにしなだれかかってくる明石にもぐっとくるものがあったけれど、やっぱり私は笑ってる時の顔が一番好きだ。
 そっと顔を寄せ、私達は本日何度目かの口づけをした。


 結局いつもとは違う趣向に興が乗ってしまったらしく、その行為は夜半まで続き、おかわりまで要求された。刀剣男士の体力をナメていたわけじゃないけど、ひどい。本当にひどい。いろんなところが痛いし体中べたべただ。
 私は幸せそうにグースカ寝ている明石をつつくと、布団から這い出て軽くシャワーを浴びた。彼は非番だけど私は仕事。しかたないけどため息が出る。
 よろよろしながら仕事に向かうと、早速包丁につかまった。
「主ぃ! 昨日はどうだった〜?」
「どうだった、とは?」
 見ろこのドヤ顔。もう嫌な予感しかしない。つーか短刀が夜の事情に首突っ込んでくるのってどうなの? うちの本丸ヤバくない?
「明石がさ、最近主がつれないって嘆いてたもんだから俺が人妻のなんたるかを教えてやったんだ。どう? 楽しめた?」
「オーケー、歯ぁ食いしばれ」
 私は握り拳を作って振りかぶった。っていうかあいつも一枚噛んでいたのかよ。後で殴ってやる。