チョーカーを結ぶのは誰?

 明け方。空がぼんやりと明るくなってきて、鳥の声が遠くから聞こえてくる。
「ん……」
 自分が発した寝言で目が覚めてしまった。なんだかスースーすると思ったら、昨晩そのままの姿で寝てしまったのだと思い出す。
 隣を見やると、刀剣男士明石国行が穏やかに寝息を立てていた。寄り添うと肌がくっついてじわりと汗ばむ。昨晩のことを思い出してくすぐったい気持ちになるけれど、この温もりとはしばしのお別れをしなければならない。そっと布団から抜け出し、脱ぎ散らかしたままの衣服を身につける。
 ふと、明石国行がもぞりと動いた。起こしてしまったようだ。
「……随分お早いですなぁ」
「今日は合宿の初日だから、早めに準備しないと」
 そう言うと、彼は眠い目をこすりながら上体を起こした。毛布がずり落ちて、裸の上半身があらわになる。どうやらつきあって起きてくれるらしいけれど、無理に起きなくてもいいのに。
 案の定、彼は緩慢な動きで眼鏡を手に取ったきり、動きが止まった。背中を丸めて今にも眠ってしまいそうだ。
「寝てていいよ」
「そないな……わけ、には……」
 そう言う声がいかにも眠そうで少し笑ってしまった。
 明石はほとんど目を閉じたまま手を伸ばして自分の衣服を手繰り寄せた。胸のインナーを身に着け、チョーカーを首に回し、首の後ろでもたもたと手を動かしているが、一向に終わる気配がない。そのうちに呼吸がゆっくりになってきて、動きが止まる。
「寝てんの?」
「……寝てへん」
「まあいいけど。それ結んであげようか?」
 私は見かねて口を出した。
 返事はなかったけれど、かすかにうなずいたように見えたので背後に座りチョーカーを手に取った。
 見様見真似でチョーカーを巻いてみるが、いざ結び目を作るところで手が止まった。うっかりすると首を絞めてしまいそうだ。
「これ難しくない?」
「ちょ、苦しい……」
「うぅんごめん! これ一人で結ぶの無理でしょ。いつもは誰かにやってもらってたの?」
「まぁ……国俊とか……」
「そっかぁ」
 あの子も案外世話焼きだもんね、などと話をしていると、明石の体が大きく傾いだ。
「ちょっ……! おーい明石さーん、起きてー」
 どうやら眠気に負けたらしく、仰向けに倒れ込んできて彼の下敷きになってしまった。ぺちぺち叩いてみるがびくともしない。そのうちに私の腕をつかみ、抱きとめたまま寝息を立て始めた。
 困ったなあ。本当は支度をしないといけないのだけれど。こんな風にされたら、離れがたくなってしまう。
 抗議の気持ちを込めて頬をつついてみるが、うるさそうに顔をしかめただけだった。


 結局その日は時間ギリギリまでこの体勢のまま、寝ぼけてしがみついてくる明石を引き剥がすようにしてなんとか抜け出していった。眠い時の明石は甘えたがりでとてもかわいい。正直言ってこのままでいたかったし、名残惜しい気持ちは私にもあるのだけれど、そこに溺れてしまっては他の者に示しがつかない。
 バタバタしながら合宿初日をこなし、夕刻には疲れてくたくたになりながら私室に帰ってきた。
「どーもお疲れさんやなぁ」
「うわぁぁん明石さぁぁん」
 明石が顔を出したので、私は勢いで抱きついた。彼は少し驚いた顔をするが、優しく抱き止めると背中をさすってきた。
「なんやホンマに疲れとるようですなぁ」
「今日はもう……眠い……」
 胸元から視線を上に動かすと、彼のチョーカーが視界に入った。
 今日は要所要所で交代要員として参加してもらっていたのだけれど、その時からずっと気になっていたのだ。彼のチョーカーは全体的にごちゃついていて、三本のラインが偏っている。けれど指摘するほどでもなく、ましてや出陣の忙しい時にそのような私的に近い会話を交わせるわけもなく、そのままになっていたのだ。
 こうやって至近距離から眺めると後ろの結び目が縦結びになっているのが見えてしまった。恐らく明石が寝ぼけながら身支度をしてうまくできなかったのだろう。
 首の後ろに手を伸ばす。つう、と首筋を撫でると明石はくすぐったそうに笑みをこぼした。今朝結んでやれなかったぶん直してやりたい、けれど疲労が邪魔をする。ふぁ、と生あくびを噛み殺したら見咎められてしまった。
「主はん、眠いんやったら寝床行きや」
「うん……」
 確かに眠いけれど、せっかくのこの時間が惜しい。眠くて動けない振りをしながら胸元に顔を埋めると、「しゃーないなあ」とかなんとか言いながら布団まで誘導してくれた。普段はひょうひょうとしている彼も二人でいる時はこうやって甘やかしてくれることがある。私は布団で寝かしつけられてそのまま眠ってしまった。


 そんなやり取りがあってから、私はたまに彼のチョーカーを結ぶ役目を仰せつかるようになった。
 最初のうちはとても神経を使った。なにしろ綺麗に仕上げるには首が締まりそうになるギリギリのラインを狙わなければならない。
 初めての出来栄えはゆるゆるで、チョーカーが首に留まらず付け根にまで落ちてしまった。彼は笑って「しゃーない」と慰めてくれたけれど、私の気が収まらなかった。上達するために練習台になってもらわなければ、とたまの休みや逢瀬の時に彼のチョーカーを結ぶことにする。
 ……もっとも、チョーカーを外した時点で恋人同士の戯れが発生して、それどころじゃなくなることも多々あったのだけれど。
「主はんから誘ってくるなんて珍しいなぁ」
「えぇ? いや、違っ」
 言い訳をしているうちに優しく唇を塞がれる。練習をするつもりだったのに、いつしかじゃれ合いたい時の合図みたいになってしまったのは納得がいかない。しかし彼のその気になった視線はとても色っぽくて、なし崩しに応じているうちに溶かされてしまう。
 かくして、チョーカーを結びながら服を着るという大変不健全な有様となるのである。お子様にはとても見せられない。

 このようにぐだぐだしながらもチョーカーを結んでいるうちに、私も少しずつ上手くなってきた。
 明石も最初のうちは身を固くしていたものの、次第に慣れてきたようで、結んでいる最中にわざと寄りかかってきたりとじゃれ合いが増えた。
「ちょっと! 結べませーん」
「はよしてーやー」
「そんなこと言ったって……。動くなっつーのに」
「あっはっは」
「もー……」
 他愛のない戯れだ。私はなんとか綺麗に結んでやりたいと意気込んでいるのに、彼はちょっと面白がっているらしい。
 それにしても、チョーカーを触らせてくれるようになるなんて随分信頼してくれているのだなとも思う。
 顕現して間もない頃なんて、それはもうひどかった。一見にこやかで当たり障りない応対をするけれど、それ以上踏み込ませてくれない。怪我をしてもなかなか診せてくれなくて困ったのだ。怪我を隠しがちな刀剣男士は時々いるけれど、彼の場合は触られるのが苦手だったようで、その状態からよくここまで付き合いを深めることができたものだ。なんだかしみじみとしてしまう。
「……よしっ、できた」
 うん、今日は綺麗にできた気がする。
「おおきに」
 明石は確かめるように首を何回かひねると、ようやく笑みをみせてくれた。



 合宿も終わり、連隊戦がやってきた。朝からバタバタと走り回って刀剣の調子や疲労度を見ながら指揮を執る。なにしろ通常の出陣とは違い、人数が多いので考えることが多くてフル回転だ。
 正午を回り、手形が尽きたところで休憩を入れる。お昼ご飯を食べながら編成を見直すことにする。
 食堂へ向かうと、刀たちが思い思いにご飯にありついていた。私も空いているところに座り、ぱらぱらと刀帳をめくりながらご飯を食べる。
「やっぱり連戦はきついか。第三部隊、午後は蜂須賀隊長から明石隊長にしてみようかな」
 そう言いながら近くを通りががった明石を見やると、彼は露骨に顔をしかめてみせた。ちょっと凄んでみせると、彼は「冗談ですやん」と笑ったけれど、毎度毎度その本気か冗談かわからないリアクションにつきあわされる身にもなってほしい。
「じゃあ第三部隊長は君に決定で!」
「えぇー……。わかりましたわ、そない怖い顔せんでも」
 私が露骨に嫌な顔をすると彼は気まずそうに笑みを浮かべ、渋々支度を始めた。
 ふと何か違和感のようなものを覚えて、明石をまじまじと見てしまった。いつも通りのゆるゆるな服装で胸元ががばっと開き、シャツの裾がはみ出ている。何かを忘れているような気がするけれど、その違和感が何なのかよくわからない。
「どないしました」
「ううん」
 心配されたけれどうまく説明できず言葉を濁した。
 なんだかもやもやする気持ちを抱えたまま私は再び刀帳に目を落とした。午後の出陣に向けて準備をしなければ。


「あれ……」
 そのもやもやに気づいたのは、戦闘中の第三部隊を眺めている時のことだった。
「どうしたんだい」
 近侍の歌仙が涼やかな声で話しかけてきたけれど、私は返事を濁すしかない。なぜなら極めて個人的な話だったからだ。
 明石国行のチョーカーは綺麗に結んであった。
 思い起こしてみると、私は今朝彼のチョーカーを結んだ記憶がない。早朝から走り回ってそれどころではなかったからだ。
 そして今日に限っては愛染や蛍丸に頼むのも考えにくい。彼らは第一陣のメンバーだったから、私と同様早朝から出張っていた。その頃明石国行はまだ布団の中で寝こけていたはずだ。愛染達と一緒に「国行は朝が弱いなあ」と笑い合い、そして現場に向かったはずだった。
 ではいったい誰が彼のチョーカーを結んだのだろう?
 冷静に考えれば、刀剣男士の誰かに頼んだのだろう。しかし気を許した者にしか接触を許さないような彼が頼んだ相手とは誰なのだろうか。彼と親しげに話している人は何人か思い浮かぶけれど、その中の誰かなのだろうか? ちりちりとした違和感が胸を焦がす。
「主、続行の指示を。彼らが待っているよ」
「あっ、そうだった。第三部隊続行」
 落ち着こう。そんなに大した話ではないのだ。ただ私の知らないところで頼れる人なんていたのね、というちょっとした嫉妬心だ。少なくとも見かけによらず神経質な明石の信頼を勝ち取るほどの仲間がいるなら喜ばしいことだ。
 だがモニターの向こう側でふわふわと敵をいなしながら水しぶきを浴び、隙を見て攻撃を加えている明石を見るたびに、言いようのないわだかまりが胸にこみ上げてくる。
「言ってくれたらよかったのに」
「主、一体どうしたんだい。誰かと喧嘩でもしたのかい」
「ん……? いや、別になんでも」
 言ってから、確かに今のは歌仙からたしなめられても仕方がない軽率な発言だったと反省する。
「ごめん。全然集中できてないね私……。よし次は交代、第二部隊」
「ん? 次は夜戦の多い時間帯だけど大丈夫なのかな」
「あっ……?」
 やってしまった。余計なことを考えてつまらないミスをしてしまった。案の定、硬い敵短刀を削り切れずにこちらの怪我人が増えていく。最後の超難を取り逃した時、仰向けに倒れ込んで天井を仰ぎ見た。
「今日はもう終わりにしようか。ちょうど手形も切れたところだし」
「あー……ごめん」
「こういう日もあるよ。まだ時間はあるから、明日以降取り返せばいい」
 歌仙が気を遣ってくれるくらいだから、私はよほど集中できていなかったらしい。
「それよりもしっかり休息を取って、話し合いで解決できることがあるならしておくことだね」
「ううっ……。すいません……」
 しっかりと釘を刺されてしまった。私情で周りに迷惑をかけないと誓ったはずなのだけれど、すでに迷惑をかけてしまっている。
 私は暗澹たる気持ちで全部隊に終了の指示を出し、しばらく仰向けに寝転んだまま放心状態になった。歌仙がご飯でも食べようと促してくれたけどとてもそんな気になれずに首を振る。
「ちゃんと食べるんだよ」
 歌仙はそう言い捨てて一足先に食堂へ向かった。こんな主にも世話を焼いてくれる優しさがつらい。
 しかしそんな状況でもおなかは空くようで、情けない音でおなかが鳴った。ようやく決心して起き上がり、とぼとぼと食堂に向かう。
 食堂に入りご飯を受け取ったところで、私を惑わせた渦中の人物、明石国行と視線が合った。彼は来派の子供達と一足先に席についていたようで、「主さーん!」と手を振ってくれる愛染と蛍丸につられて空いている明石の隣に腰を降ろした。
「お疲れさんでしたなぁ」
「うん……お疲れ様」
 なんだかうまく直視できない。明石は私の方をちらりと見たきり、子供達の世話にかかりきりになっていた。私の前で見せる甘えたな明石国行とは違う、保護者の顔をしている。
 この人には私の知らない顔がある。例えば出陣中の仲間達とはまた別の顔をしてコミュニケーションを取っているのだろう。わかっていたつもりなのに今日はそれを目の当たりにしてしまい、動揺してしまったのだ。我ながらつまらない嫉妬心だ。私はその全てを知ることはできないと思うと、それが無性に羨ましくなる時がある。
 にぎやかな彼らの様子を眺めながらご飯に手を付けて、焼き魚を口に運ぶ。愛染と蛍丸が競い合いながらご飯のおかわりに席を立った時、ようやくぽつりとこぼした。
「……失敗しちゃった」
「しゃーないしゃーない」
 明石からは適当なフォローが飛んでくる。あなたのせいなんですけど、などと口走りそうになるが逆恨みもいいところだ。彼は何も悪いことをしていない。私が勝手にもやもやしているだけだ。はぁ、と大きなため息をついて誤魔化す。
「もう全然集中してないのを歌仙くんに注意されちゃって。で、今日は打ち切りっすわ」
 クビですねあはは、などとやけくそな言葉が口をついて出る。
 明石はそんな私をたしなめるわけでもなく、慰めるわけでもなく、デザートの器をつかむとスプーンですくって私の口元に差し出してきた。
「おあがり」
「……ん」
 口の中にひんやりしたものが流し込まれる。ほんのり爽やかな梅味のゼリーだった。子供みたいな給餌をされて恥ずかしかったけれど、周囲がざわついて我に返った。きゃっ、と乱がかわいい悲鳴をあげ、五虎退は顔を隠して真っ赤にしている。
「主さんってば見せつけちゃって!」
「いや違! 違うし!」
 なんだかとんでもないことになってしまったので、慌てて否定をする。
 そういうのもっとちょうだい! と乱ははしゃいでいる。加州は興味深そうに見るがちょっと引いている。斜に構えた反応を示すものから、「甘味が欲しいのか」とゼリーをくれる者まで様々だった。
 当の明石は横目で見たまま素知らぬ顔をしていた。ねえ明石さん、いくらなんでもひどくない? それこそあなたのせいなんですけど。
「あっはっは。気が紛れました?」
「本当にね……。紛れたよ……」
 ぐったりとしながら言い返してやる。だが、確かに沈んだ気持ちはどこかに飛んでいってしまった。
 よし、大丈夫。今なら聞いても大丈夫なはずだ。

「明石さん、そのチョーカーは誰に結んでもらったの?」
「あーこれ? 自分でやりましたけど」
 何か? と当然のような口調で返されて、私はぽかんと口を開けた。
「え……?」
「どないしたん」
「だって……だって……。自分でできたのぉ!?」
「自分でできへんとは一言も言っとらんけども」
「騙された……!」
 明石はへらへらと笑っている。
「騙してはないなぁ」
 確かにそうかもしれない。知らなかった、というより勝手に勘違いしていただけだ。
 当の本人は綺麗に結ぶことができるというのに、私はそんなことに気づかずちょっとした優越感と親切心で結んであげていたのだ。その結果、誰がチョーカーを結んでいたのかと一喜一憂する羽目になった。滑稽だった。
「私の積んだ徳を返して!」
「あっはっは。主はんが世話焼きたがるから結ばしてやってもええかな〜と思てたんですわ」
「このやろー……」
 胸ぐらをつかみギリギリと奥歯を噛み締める。
「じゃあ縦結びになってたのは?」
「それオレ」
 戻ってきた愛染が口を挟んできた。
「そういうこと……!?」
 つまり、私が密かに明石さん不器用ね、などと思っていた縦結びは愛染くんの手によるものだったらしい。ようやく謎が解けた、というより勘違いと思い込みの連続だった。
「国行がどーしてもって言うから結んでやるんだけど、縦になっちゃうんだよな〜」
「国俊がどーしても言うから仕方なく結んでもらうんやけど、まあお察しの通りですわ」
「なんだよ……!? そんなこと言うなら結ばねぇぞ」
「そしたら主はんにやってもらうんでご心配なく」
 明石が悪びれもせずへらへらしているから、つい無愛想に答える。
「いや、知らんし……」
 今までは結ぶのが大変そうだったから手伝っていただけだ。自分でできるのに結んでやる理由はない。勘違いしていたのが恥ずかしくてつっけんどんになってしまう。
 しかし、明石と愛染はこういうところを見ると親子なんだなあと思う。正反対の性質のように見えて意外なところが似ていたり、うまくやっているようだ。愛染くんもなんだかんだ言って他人の世話を焼きたがるところがある。保護者の性質を受け継いでいるのだろうか。……本人は否定するだろうけど。
「今更そないなこと言われても、自分では結ばれへんのですわ」
 などとうそぶいて横目で見てくるから、方便だとわかっていてもついぐらりと心が動かされそうになる。
「主さん、甘やかしてるとつけあがるから気をつけたほうがいいよ」
 蛍丸から釘を刺されて、はっとする。甘い言葉に乗って許してしまうところだった。危ない危ない。
「蛍君にやってもらえばいいのに」
「やらなーい」
 今まで蛍丸の名前が出てこないのが不思議なくらいだと思って話題を振ると、にべもない返事が返ってきた。
「蛍は不器用だからなー」
「いやーホンマに……顕現が解けるかと思いましたわ……」
「あっ、試したことはあるんだ……」
 明石国行が首筋を撫でながら苦笑している。こういうのこそ蛍丸にやってほしそうではあるのに消極的なところを見ると、余程の事態が起こったらしい。


「……っし! 蛍、風呂行くぞ!」
「おー」
「じゃー主さん、お先〜!」
 晩御飯を食べ終わった愛染達が手際よく片付けをし、バタバタと去っていく。
「ちょ、待ちや」
 明石は置いていかれそうになって立ち上がるが、振り向くと耳元に口を寄せてきた。甘い吐息でそっとささやいてくる。
「今晩行きます」
「……え」
「主はんに首飾りを結んでもらわんとあきませんからなあ」
 そして意味深に目配せしてくる。
 その言葉の意味を本能的に理解してしまい、じわじわと体が熱くなってくる。今までに散々やっていたじゃないか、チョーカーの結び目を解いてから再び結ぶまでにしたことを。つまりはそういうことだ。
 しかし、昨日の今日ではいくらなんでも体が持たない。
「いや、ちょっと待って……? さすがに今日は……」
 慌てて弁解するが、何もかも遅すぎた。ただ親切心とおせっかいでチョーカーを結んでやっていただけのつもりが、すっかり別の意味を持つ言葉になってしまった。
「おーおー、何を期待しているやら……」
「うっ……」
 彼はニヤニヤと意地の悪い笑みを見せる。
 勘違いして先走ってしまったのだろうか。私が二の句を告げずにいると、彼はくしゃっと笑って再び耳に唇がつきそうなほど近づいてきた。
「ほな、また夜に」
 そう言うと頭をさらりと撫でて行ってしまった。
 取り残された私は一人でうずくまるしかなかった。


 その晩。部屋を訪れた明石にチョーカーを結ぶようお願いされるけれど、もちろんチョーカーを結ぶだけですまされるはずがないのだ。
 私は軽い気持ちでチョーカーを結び始めたその意味を思い知らされる羽目になるのだった。



 *  *  *
(おまけ。後日談)



「主さん達って、そういう感じだったんだぁ……」
 乱がルンルンしながら隣で頬杖をついている。一期一振がたしなめに来るが、全く取り合う気配がない。
「乱、よしなさい。お行儀が悪いですよ」
「だって〜、楽しそうなんだもん! 主さんのそういう話もっと聞きたいなぁー!」
 付き合いは隠していなかったけれど、人前ではやらないようにしていたのだ。それが今日に限ってはあんなに見せつけるような真似をしてきてびっくりしてしまった。
 乱の好奇心でいっぱいの視線に、私はしどろもどろになりながら答えるのが精一杯だった。
「あの……ハイ、見ての通りお付き合いをさせていただいております……」
「うんうん、それは知ってるよぉ! もっと具体的に乱れちゃったお話が聞きたいなー」
「乱」
 一期一振がいてくれて助かった。私は逃げるように食堂を後にした。