その体でもって知れ

 はじめは、指の先が触れているだけだった。
 執務室で明石から「主はん、これなんですけど」と書類を渡され、何気なく机に手を置いたのだ。それがたまたま私の小指の先に触れるか触れないか、触れているのに気づかなかった、と言い訳できそうな位置。それだけのはずだった。
 何かにかこつけて手を動かし、離してしまうことはできたはずなのだ。私はそれをしなかった。この程度の事で意識してしまうのも変だと思ったし、私は努めて気にしないよう振る舞った。
 指先はほんのり熱を持つ。美しい付喪神にも、人と同じような体温があり血が流れている。そのような事を意識せざるを得ない。
「……はい、確認しました。表の返信箱に入れてきて下さい」
 書類の文面を確認し、署名をする。それを明石に手渡すと彼は立ち上がり、触れていた手が離れる。
 その日はそれで終わり。その出来事はすぐに記憶の中に埋没していくかと思われた。

 だが、彼とのかすかな触れ合いはそれで終わらなかった。
 廊下を歩いていると、野暮用で呼び止められる。
「ちょうどええところに、主はん」
 隣に立つと、肩が触れ合った。何気なくおろしていた私の手に、彼の手袋が触れた。
「畑なんですけどな、昨日の雨で一部やられてましてん。支柱を立てたけどあんなもんでええやろか」
「ありがとう。後で確認しに行くね」
「おおきに」
 その後も同様の行為は続いた。
 通りすがりに手が触れるだけ。隣に座ったら肩が触れるだけ。何かを受け渡す時に、すり、と指先が触れ、そして離れる。
 働きたくない、と文句は言うけれど、それなりに任務に務めてくれる刀剣。積極的に私に興味を持ったり言い寄ったりするそぶりもない。少し他人との距離感が違う刀なのだろうかと、気にしないよう努めようとした。
 彼は見目が良い。彼が、というより刀剣男士全般がそうなのだけれど。そういえば彼は他の刀剣と比べて露出が多い。胸元が開き、インナーがのぞいている。すらりとした腰回りに見とれてしまいそうになる。
 ――と、邪な考えが頭をよぎり、首を振る。私は刀剣男士を統べる審神者なのだ。そのような煩悩は捨てなければならない。


 そうして明石が近侍の日がやってきた。
 うちの本丸では近侍は固定せず、日替わりで担当している。以前は初期刀や話しやすい男士で変えていたのだが、近侍を希望する男士たちで諍いが起こりそうだったので平等にしたのだ。今のところその目論見はまあまあ成功していると言っていいだろう。
「ふわぁ……。主はん、朝もはよから精が出ますなぁ」
「おはようございます。眠そうだね……」
 寝ぼけまなこでぽやぽやした明石がゆるりと入室し、近侍の席につく。そうして今日も仕事が始まった。
 近侍との座席は隣続きにしている。書類を渡すと、彼の指先がさり気なく触れる。そうだ、そうだった。私の頬がかっと熱くなる。かといって意識して書類の端を持つのも変だ。自意識過剰みたいじゃないか。
 当の明石はまだぼんやりした顔で「これが終わったら休憩してええでっしゃろ?」と紙を弄んでいる。私ばっかり意識して馬鹿みたいだ。
「いや、まだこれだけあるので……」
「殺生やわぁ」
 はぁーとこれ見よがしにため息をついている。ため息をつきたいのは私の方だ。

 仕事をしているうちにだんだん覚醒してきたらしく、明石のぼやきが増えてきた。
 それと同時に胡坐をかいている膝が私の腿に触れてきたり、書類を覗き込む顔がやけに近く感じたり。かすかなことだけれど、それは少しずつもやもやと蓄積していった。
 そうして彼をなだめながら書類仕事をこなし、ささやかな昼食を取り、つかの間の昼休憩中。それは突如始まった。
「食休みとってええです?」とこちらの返事も待たず、彼は寝転がった。
 私はお茶を一口飲み、戦場についてまとめた資料をぺらぺらとめくる。
「主はん、休憩なんやから休みぃ」
「うん……」
 生返事をするが、翌日以降の編成のことで頭がいっぱいだった。うちの戦力ではどこを攻めるのが適当か。先を急ぐか、あるいは経験を積むのを優先するか。とりとめなく考えるが、刀を増やすのもありかもしれないと思い至り、阿津賀志山のマップにペンでぐるりとチェックを入れる。三日月や小狐丸といった希少な太刀が降りてくるらしいのだが、生憎うちの本丸にはいないのだ。
「何見てはるんですか」
「次は阿津賀志山を重点的に攻めようと思うんだけど、道をそれてしまうことが多くて……」
 明石はむっくりと起き上がる。そして後ろから覗き込んできた。
「あぁ〜……。この戦場やと刀種ばらばらのほうがええ賽の目を出したような気がしますなぁ」
「っ!」
 耳元でぼそぼそと話しかけられ、突然のことに呼吸が止まりそうになる。
「せやなぁ……」
 と明石は私の動揺をよそに腰を降ろした。よりにもよって、私の真後ろに。背後から足で挟み込むように。もはやパーソナルスペースがどうこういう話ではない。近すぎる。
「例えば今の戦力やと、蜂須賀はん、骨喰はん、国俊あたりが適任なんちゃいます」
 そう言って後ろから私の持っているペンをつかんだ。正確には、ペンを持っている私の手を、だ。
 はちすか、ほねばみ、あいぜんと明石に先導されているペンの字がぐにゃりと歪み、手のひらにじっとりと汗をかいてくる。そしてぐるっと丸印をつけ、ようやく彼の手が離れた、とほっとしたところで私は悲鳴をあげそうになる。今、ペンを持っていた手が無造作に私の太ももの上に置かれたのだ。スラックスの布一枚挟んだ向こう側に、ほのかな体温を感じて私は身じろぎする。
「あ、ありがとう」
「後は何かあります?」
「いえっ……」
 今は戦術議論中。真面目な話をしているのだ。彼の手の存在のことなど、言い出すことができない。もはや抱き込まれるように密着して座っていることなど、完全に指摘するタイミングを逸していた。
 自分の心臓の鼓動が聞こえるんじゃないか、というくらい緊張している。全く仕事に身が入らない。次は何を仕掛けてくるのか、ということにばかり神経が集中してしまう。
「あ、そうそう。この戦場ですけど――」
「やっ……」
 反応すまいと思っていたが、とうとう声をあげてしまった。太ももに乗せられていた彼の右手が、内股にするりと滑り込んできたからだ。
「あ、のっ、手が……」
「手? 手がどうかしはりました?」
 言いながら明石は空いている左手を私の左手に重ねる。内股に入り込み、スラックスの縫い目に添えられた右手は微動だにしないまま、その存在を主張している。
「主はん、最近お疲れなんです?」
「そんな、ことは、ない、と思うんですが」
 まるで世間話でもするかのような口調でいたわるが、その実行動が伴っていない。彼の手が私の手に触れ、握り、そっと撫でているうちに、呼吸が上がってくる。マッサージというより、これでは愛撫だ。指の動きはいやらしさを増して、執拗に手の甲側から指を絡め、握ってくる。まるで恋人のように、と思いかけ、恋人ではないのだと首を振る。
「んんっ……」
 決して反応すまい、と思っていたがその努力も虚しく声が漏れてしまった。
「どないはりましたん」
 囁きが聞こえ、耳元に吐息がかぶる。私のこめかみに眼鏡のつるが押し当てられてひやりと感じる。だめだ、これ以上はだめ。私の右手からペンが音を立てて滑り落ちる。
 だが、抵抗するにはもう手遅れだった。私の中では、声をたてないよう我慢する、という選択肢しか残されていない。
「肩の力抜いて、気楽にやりましょ」
 彼のいつもの決まり文句。――のはずが、何かの暗喩のように聞こえてしまう私はおかしいのだろうか。

 スラックスの上からの緩慢な刺激。もどかしくて、私はもじもじと内股を擦り合わせる。快楽を与える刺激としては決定的に足りない。
「……っはぁ……」
「主はん、体硬いなぁ。ほら、力抜き」
「んっ……!」
 左手が手の愛撫を止め、私のへその下あたりに置かれた。
「ここが丹田。ここに力入れて、ゆっくり息吸って、吐いて」
「ふあっ……」
 真面目な解説をしているのに、手付きはいやらしく下腹部をまさぐる。スラックスの上からも敏感なところを刺激され、体はもっと快楽を欲する。もうずっと頭の中はいやらしい手つきのことでいっぱいだった。
 すす、と左手が体の正中線を伝って上にのぼってくる。
「姿勢が悪いんやろか。しゃんとし」
「んんっ」
 あちこち敏感なところをなぞられて、それどころではない。やがて明石の左手は私の右の胸に柔らかく置かれ、左胸を腕で押しつぶした。胸の頂の敏感な部分がこすれ、私は身をよじらせる。着衣の上からで決定的な刺激には至らないが、こんなところを誰かに見られたら何の言い訳もできない。
 ふと、手がぱたりと止んだ。
「――遠征の連中が戻ってきたようですなぁ」
 その言葉に、私の意識は浮上する。そうだ、今は仕事中なのだ。
「戻りました!」
「おっ、お帰り……」
 元気な鯰尾の声に、慌てて身を正して立ち上がる。どこか変ではないだろうか、と内心ヒヤヒヤしていた。そうして遠征結果の報告をどこか上の空で聞く。頭の中は、今まで触られていた手の感触でいっぱいだった。



 その後はそそくさと逃げるように任務をこなし、それからしばらくは何もない時を過ごした。これだけの大所帯だから、接触しようと思わなければ顔を合わさずに過ごすこともできてしまう。
 気になっていたが、聞けなかった。
 どうしてあんなことをしたのだろう。
 あの手つきが忘れられなくて、自らに触れてみたりもしたけれど、彼のことを思い出してしまうばかりで、もどかしさが募るだけだった。
 そうして数日後の朝を迎え、執務室に現れたのは明石だった。
「あれ、なんで……」
 日替わりの近侍にしては早すぎる。
「本当は蛍丸が近侍なんですけどな、遠征に組まれているのを忘れてましてん。せやから自分が」
「そ、そうなんだ。じゃあ今日はピンチヒッターということで、よろしくお願いします」
 この間のことがあったばかりで私の方が落ち着かない。全神経が彼の一挙手一投足に集中し、体が自然と熱を持つ。彼は何を考えているのだろう。今日は、今日こそは何をされてしまうのだろう。
 だが彼は何も仕掛けてこなかった。指一本触れてこない。偶然触れたような、あのかすかな指の触れ合いも何もない。
「じゃあ、今日の任務は終了です……」
「はい、お疲れさんでした」
 明石はゆるやかに一礼して立ち上がる。ああ、行ってしまう。
 そしてすれ違いざまに、彼はそっと耳元でささやいた。
「期待しはりました?」
 執務室の障子が閉まる音を聞きながら、私は半ば呆然としていた。
 私は――どこか期待をしていたのだ。



 そうして私は心ここにあらずのまま、夕餉を食べ湯浴みをした。執務室横の階段を上り、私室の布団で横になる。
 静かな夜だった。
 眠れない。熱を持った体は簡単には鎮まらない。明石の一連の行動は何だったのか。気まぐれにもてあそんだだけなのかもしれない。
 私は彼のことを好きなのかもしれないとぼんやり考える。体の触れ合いで情がわいたのかもしれない。我ながらほだされやすい、ひどい感情だと思った。こんな醜い感情、伝えたところでどうにもならない。せいぜい体の関係になればいいのかもしれない。だが彼の心はきっと手に入らない。彼はきっと、私の心には興味がない。
 そうして眠れないまま何べんかの寝返りを打った頃、トットットッ、と階段を上る足音が聞こえた。誰かが私室に上がってくる。
 こちらが声をかける間もなく、ス、と襖が開き、明石国行がまるで寝乱れたような着流し姿で現れた。前髪の毛先からぽた、ぽたと雫がたれている。
「はー……いいお湯でした」
 まるでこの部屋の主のように入ってこられて、私は混乱した。今日のよそよそしさとあの台詞は最後通牒のようなものだと、諦めの心地でいたのだ。なのになぜ。
 彼は勝手に後ろ手に襖を閉め、布団の側に座り込んだ。
「明石、どうしてここに……?」
「主はんが呼んではる気がしましてなぁ」
 それは当たらずとも遠からずだったので口をつぐむ。
 どうしてあんなことをしたのか。
 色々聞きたいことはあったが、うまく聞ける気がしない。代わりに出たのは当たり障りのない言葉だった。
「髪が濡れてる」
 ちょっと待ってて、と箪笥からタオルを引っ張り出してきて彼に被せる。が、明石は微動だにしない。
「拭いてくれませんの」
 一瞬ためらうが、近づいて拭く。短刀にお世話をしたことはあるけれど、自分より背の高い男の人相手に拭いたことなどない。
「短刀みたい」
「短刀言う背格好でもないでしょ」
「そうだけど……」
 あるいは、恋人みたいな。
 一瞬頭をかすめたが、なんて都合のいい妄想なんだと打ち消す。今の自分達は愛を確かめあってもいない。ただ少しスキンシップが過剰で――それだけだ。
 こちらをじっと眺める瞳には表情が感じられず、何を考えているかわからない。何か仕掛けてくるのだろうかと、気ばかりが急いていく。
「……。はい、できました」
「おおきに」
 するりとタオルを取る。
 明石は前髪をかきあげた。風呂上りだけあって、装飾品は眼鏡しか身に着けてなく、癖のある長い前髪がさらりと流れる。
 そして明石はなんとなく布団の側で横たわった。日頃見かける寝転がり姿のはずが、乱れた浴衣姿のせいで目に毒だった。
「はぁ、ここにおったら湯冷めしてしまいそうやなぁ。……ぬくいお布団で、あったまらせてもらえんやろか」
 そうして意味深な視線を私に送るのだ。
 どういう意味かわからないほど私も鈍感ではない。同意したら合意の上、断ったら……どうなるのだろう。彼は帰ってしまうのだろうか。この細い糸の上を渡るような関係も、終わってしまうのだろうか。
 だが、同意したとしてもこれは「体だけの関係」だった。
「どないします? いかようにもしはりますけど」
 私は――。今思えば、最も愚かな選択をしてしまったのだ。





「――寒くないの」
 と、私は布団の横に寝転がる明石国行に問うた。なんて愚かな問い。聞いたが最後、入れるしかなくなる。
「そうですなあ。少ぅし、堪えますなぁ」
 明石はなんでもない風に、そう答えた。まるで日常的な世間話、綱渡りをしていることなど微塵も感じさせない。
 私が布団に招かなければ、どうするつもりなのだろうか。彼はゆっくりと瞬きをして、目をつぶる。寝てしまうのだろうか。目の前の男から目が離せない。
 私は根負けして、布団をめくった。これは寒そうな人を保護しているだけ……そう言い訳できそうなシチュエーション。いったい誰に言い訳しているのか。おそらくは自分自身に違いなかった。
「風邪ひくよ」
 男はゆっくりまぶたを開き、上体を起こした。
「ええんですか」
 するりと、しなやかな体が入り込んでくる。予想通りそれは冷え冷えとしていた。
「冷たい」とこぼすと「主はんはぬくいなぁ」と微笑んでくる。これは夜這いじゃなくてただの添い寝なんじゃないか、と勘違いしそうになる、そんなゆったりとした雰囲気だった。
「じゃあ、寝ましょか」
 とうとう来た、と緊張する。
 だが、そう言うと明石は眼鏡を外し、横たわった。そしてそのまま目を閉じる。
「……え」
「主はんも寝ましょ」
 期待しました? と再度問いかけられ、うまく答えることができない。
 心をかき乱されたまま、私も布団に入って目をつぶる。隣からは静かな呼吸音だけが聞こえてくる。寝てしまったのだろうか。なんとなく彼を直視できなくて、私は明石に背を向ける。体は傍にあるのに、心はこんなにも遠い。

 ふと、もぞりと後方で動いたかと思うと両の腕が伸びてきて、後ろから抱きしめられた。
「主はぁん、一人で寝たらいかんでしょ」
 一緒に寝ましょ、ね。
「っ……」
 その手は服の上から柔らかな双丘にそっと触れた。後ろから抱きすくめられて、緩やかな刺激が胸の先に与えられる。夜着の上からふにふにとかすかに触れるだけ。
 そしてお尻には、何か熱量を持った硬いものがぴったりとくっつけられていた。これが何なのか、いくら私でもわからないほど愚かではない。まるで今からあなたのことを喰らいますよ、とでも宣告されているようだった。熱い呼吸が首筋にかかり、彼の冷えていた体はだんだんと温まってきて、その体温が背中にべったりとくっついている。
 緩やかな刺激に応じて立ち上がってきた胸の尖端を、彼は的確に捉え刺激し続けた。体の感覚が鋭敏になっていく。
「んんっ……」
 かすかに漏れてしまった声を聞き取ったのだろうか、服の中に手が侵入してきて、思わず裾を押さえつける。そんな抵抗をものともせず、その手はやすやすと何も身につけていない胸へとたどり着いた。優しい手付きで触れたかと思うと、再び胸の頂への刺激をはじめる。
「やっ……」
 直に触られて、我慢していた声が出る。気持ちいい、と認めたくなかった感情が顔を出す。かり、かり、と爪で先端が引っかかれ、じくじくと下腹部が甘く疼く。内股をすり合わせると、呼応するように後ろから硬いものがぐっと押しつけられる。
「んん……」
 彼の手が私の口を覆い隠し、その指が唇をゆっくりとなぞる。そして口の中に指を差し入れ、ぐちゅぐちゅとかき回してきた。口内を指で犯されている。だんだん変な気持ちになってきて、迎え入れるように舌が動き、指を舐めとると、後ろからくぐもった声が聞こえてきた。
「んん……主はんも意外と積極的やなぁ?」
「そ、んなことは……」
 口腔を犯していた指を抜き取ると、下着の中に侵入してきた。下生えをぬらりと湿った指が探るように分け入ってきて、やがて指が内股の敏感なところにたどり着く。スラックスの上からの刺激とは全然違う生の刺激。くりくりと陰核を責められて、私は追い込まれる。
「やっ……やあっ……!」
 逃げるように腰を引くと、後ろから硬いものがぐりぐりと押しつけられる。もはや逃げ場などない。
 夜着のズボンと下着をずらされて、そして後ろから彼の剛直がぬるりと内股に入りこんできた。
「ぅあっ!?」
 ゆっくりと往復していくと、熱いものが内股の敏感なところを撫でつけていく。その間にも指は陰核を刺激し続けている。もはや誰のものかわからない湿り気でぐちゃぐちゃといやらしい音がした。
「主はんはぬくいなぁ。……ここはもっとぬくいんやろか」
 そうして己自身を腟口に押しつけてくる。
「やあっ……入っちゃう……っ!」
「そんな自分から押しつけておいて、今更何を言うとりますの」
 彼の欲望が容赦なく押し入ってくる。思わず腰を浮かしそうになるが既に遅く、がっちりと押さえつけられた。私は彼の手を引き剥がそうとするが、その間にも剛直はゆっくり奥へと侵入していく。私の手はもはや彼の手を握っているだけ。抵抗すらしていない。
「やっ……やあああっ」
 前に突き進むだけだった彼の欲望は、やがて緩やかな前後運動へと変化していく。揺すられるたびにごりごりと内壁を刺激され、おかしくなりそうだった。
「んあっ……駄目ぇっ……」
「だめ? 足りひんのやろか」
 そう囁いて、明石は胸に手を伸ばす。大きな手で揉み込むと、ぷっくり膨れ上がった胸の尖端がこすれてくる。ついでに思い出したように胸の尖端をつまみ、いじり回されると、私の体は限界を迎えた。
「いっ、一緒には駄目ぇ……っ!!」
 図らずも体がびくびくと震えた。達したのだ、と気づいたのは彼が反応したからだった。
「……あぁ、ええとこを見逃してしもうた。残念ですわぁ。せっかくやから主はんのお顔を見とかんとなぁ?」
 そう言うと彼は自身を引き抜いた。まだまだ敏感なままの私の体はそれにすらも反応してしまう。そして布団の中で私を仰向けにして組み敷いた。
「……思ったよりええ顔しとりますやん?」
 明石はまるで捕食者のように舌なめずりをした。そしてゆっくりと唇が降ってくる。最初は淡い口づけ。触れるだけの唇から、優しく食まれ、段々と深くなってくる。ぬる、と舌の侵入を許し、呼吸を忘れる。苦しくなって肩を押し、そこからまたしばらくしてようやく解放してもらえた。と思ったら、再び口づけられる。しつこい追撃にくらくらしてくる。
 そして極めつけは「可愛らしいなぁ」と口づけや愛撫の合間に熱烈な愛をささやいてくることだった。こんな明石など、知らない。もう何も考えられない。ただ快楽の波に飲み込まれるだけだ。
 足に引っかかっていてもはや用をなしていない下着が取り払われる。そして再びあの剛直が押し入ってきた。逃げられないように、がっちりと腰をつかまれている。
「主はん。ぎょうさん仕込みますから、ぎょうさんやや子を産んでくださいね」
「……ぇ……何を、あっ、ああああっ!」
 頭がふやけていて思考が遅れた。そして彼がとんでもない宣言をしたことに気づくと、図らずもまた大きな波に飲まれてしまう。この男は胎内で出そうとしているのだ。
 刀剣男士とまぐわったらどうなってしまうのか、政府の報告例からは何も情報がない。人と同じように赤ちゃんができてしまうのか。もし、妊娠しちゃったら……? そう認識しただけで、体がびくびくと跳ねる。
 抵抗しなければならない。だがわずかな理性とは別に圧倒的な快楽がこの身を支配していた。まだ足りない、もっと欲しいと腰が動く。
「だ、だめぇ……っ」
「だめ? 下のお口はこないに素直なのに、いけずなこと言わはりますの」
「やっ……あっ、ああっ!」
 ぎゅう、と体重をかけ奥を責めてくる。首の後ろに彼の腕が通され、全身で抱きしめられていた。追いつめられているはずなのに、ふと、幸福感に包まれる。思わず手を伸ばして抱き返してしまう。
「……ま、ええですよ。その気になるまで、ぎょうさん仕込ませてもらいます。お楽しみやなぁ?」
 ふやけた笑顔が近づいてきて、口づけをする。全身で私を食らいつくそうとしている。呼吸ができない。その間にも彼の下半身が私を責めてくる。苦しい。苦しくて、でも気持ちよくて、私の体がびくびくと弾ける。ふと彼の動きが止まり、ぐっと押し付けられる。そうして彼自身が私の中でびくびくと震えた。ずるりと引き抜くと、胎内から生温かい液体が溢れてくる。
 抵抗する間もなく……いや、抵抗すらしなかった。私は自分の意志で彼を受け入れたのだった。
 唇が離れて、することを忘れていた呼吸が戻ってくる。しばらく、はぁ、はぁ、と呼吸を整え、ふと見上げると、穏やかな表情の明石が前髪をかきあげて言った。
「はー、残念でした。種付けされてしまいましたなぁ?」
「えっ……な、中に出し……」
「……なんなら、もう一回しときましょか? お安うしときまっせ」
 そう言い、下半身をぐっと押し付けてくる。彼自身は勢いを失いつつあったが、未だに存在感を主張していた。
「ちょっと、待って……何、これっ」
 思考が全然追いついてこない。頭が真っ白になる私とは対照的に、明石はにまにまと満面の笑みを浮かべている。
 体だけの関係だと思いこんでいたが、子を産めという。彼はいったい何を言っているのだろうか。しかも中にまで出して――と、ようやくことの重大さを認識する。種付け、されてしまったのだ。
「ど、どどどうしよう!! 赤ちゃんができちゃったら……!」
 私はパニックになるが、明石はそれを受け止めると愛おしげに頰を撫でてくる。
「心配なことはなーんもあらへんよ。自分、国俊と蛍丸の保護者やってますし、子守もお手のもんやで」
 話がかみ合っていない。どうしてできる前提で話をしているのだろう。しかも私達は思いを伝えてすらいない。体だけの関係だった。この狭い本丸内で、こんなことが許されるのだろうか。
「そうじゃなくて、どうしてこんな……私達、告白もしてないのに」
「はぇ?」
 私の決死の問いに明石はぽかんとした。しばらく目を瞬かせ、そしてふるふると肩を震わせはじめる。笑っているのだ。
 気持ちがしぼんでいく。一笑に付すような言葉でも、私にとっては大事だったのだ。こんな行為までしてしまってから聞くことではなかったのだけれど、意気地がなくて聞けなかったのだ。だがちゃんと答えてくれないところを見ると、やはり私のことは好きでも何でもないのだろう。ちょうどいい体があっただけだ、とどんどん思考が沈んでいく。
 やがて明石が顔を上げると、口角こそは上がっているものの、その瞳にほの暗い炎が灯っているのが見て取れた。彼は笑っているのではなかったのだ。
「はぁ……。こんなことしとる時点で自明やと思ってましたけど、全然伝わっとらんようで残念ですわぁ。――しゃあないなぁ、特別やで?」
「えっ、何が――んんっ!?」
 そう言うと、明石は再び私の唇に食らいついた。歯を軽く立てて甘噛みし、舌を差し入れ、丁寧に口腔内を犯していく。彼自身がむくむくと変化して、再び入り口を刺激してくる。
 どろりとした液体で溢れるそこに容赦なく腰を押し込んできて、再び深く繋がった。最奥のじわりと当たるところを刺激され、体はもっとしてほしいと反応してしまう。
「やぁっ! も、むりぃ……!!」
 口からは抵抗の言葉を紡ぐけれど、イイところを擦られて無意識に腰が動く。ぎらぎらした欲望を押しつけられて、快感の波に溺れていく。
「ちゃあんと、その体でもって知ってもらわんとなぁ? 主はん」
 ――好いてますよ。
 耳元で囁かれて、私は打ち震えた。


 
(了)