花火の景趣をつけるのは年に一度と決めていた。
祭り好きの愛染国俊は「毎日やってもいい!」と主張したけれど、毎日やると特別感が薄れてしまう。そのようなことを周りから説き伏せられて口をとがらせながら渋々うなずいていた。
その愛染は今頃庭で祭りの準備に大忙しだろう。わいわい張り切った声が聞こえてくる。
にぎやかな声を聞きながら、私は母屋の二階で寝転がっていた。開け放たれた窓からのんびりと夜空を見上げると、心地よい夜風が流れてくる。
まさに今日は年に一度の花火の景趣をつける日。愛染が待ち望んでいた本丸花火大会だった。
とっとっとっ、と階段を上る足音が聞こえてくる。上体を起こして振り向くと顔を出したのは本日の近侍、明石国行であった。
「ちょうどいい具合にあったんでくすねてきましたわ」
と瓶ビールとコップを手にしている。しかもコップはご丁寧に二つ。どうやらここで一杯やるつもりのようで、隣にいそいそと座り込む。
「……いいの?」
という台詞を、彼はお酒をくすねてきた話だと受け取ったらしい。
「主はんが飲んだなら、誰も怒りまへんて」
「う、うん……ならいいけど……」
今日は早めに仕事を切り上げて、後は自由時間としたはずだ。彼は働かないを標榜するだけあって、帰り支度がとても早い。さっさと執務室を出ていったから、てっきり明石は家族と過ごすのだろうと思っていた。愛染と蛍丸は? いいの? と口まで出かかって止めた。わざわざ来てくれたのに追及するのは野暮な気がしたからだ。
どういうつもりで花火鑑賞にまでつきあってくれるのかはわからないけれど、期待してしまいそうになる。
はやる気持ちを抑えてビール瓶の栓を開け、手酌をしようとしたところ奪い取られた。酌をしてくれたので私も酌を返す。こういう儀礼的な部分は面倒だと思う性質だけれど、今日に限っては不思議と嫌ではなかった。
「いいのかなあ。打ち上げ係がお酒なんて飲んじゃって」
「ええんやないですか。別にほんまもんの火薬を扱うわけやないですし」
「それもそうか」
この景趣は審神者の力によって動く。時の政府による最新の技術を用いて作られた謎の札を引っ張ると、どこからか花火が打ち上がるのだ。
一度引っ張ればしばらくは自動で上がるので大した労力でもなく、多少飲酒した程度では影響はないだろう。
軽くコップを掲げ、ビールを口にする。一口のつもりがするするいってしまった。思っていたよりも喉が渇いていたらしい。
「じゃあ上げちゃおうかな。そろそろ皆も待ってるだろうし」
札を引く。程なくして花火が上がり、夜空が色鮮やかに輝く。それとともに庭から歓声が聞こえてくる。
「上がった! たぁまやぁぁ」
「自分が上げたんやん」
気持ちよく叫んだら横からツッコミが入った。ノリで叫んだとはいえ、確かに明石の言う通り花火を上げたのは自分だった。それなのに掛け声を掛けて、自画自賛に近い状態だった。
「そうだけど……」と口ごもりつつなんだか恥ずかしくなってしまい、ビールをそそくさと手酌で注ぎ口にする。
「自分の名前でも叫んだらええやん」
「どんだけ自分大好きなんだよ」
私達は談笑しながらしばらく夜空に咲く炎の花を眺めていた。
「家内安全」
隣から聞こえた不意のつぶやきに、私は飲んでいたビールを吹き出しそうになった。
「……流れ星じゃないんだから」
「せやろか。別に花火に祈ってもええと思いますけど」
やっとの事でツッコミを入れるが、彼は笑って軽くかわしただけだった。
しかしよりにもよってその言葉のセンス。家内安全、って。冷静に考えれば、彼の家族のことを祈ったのだろう。けれどこのようなシチュエーションで言われては、まるで自分のことかと思ってしまったではないか。
視界の端に明石国行が映る。彼は気にした風もなく花火を眺めていたが、時折散る光に照らされて、なんだかとても綺麗だった。
やがてこちらの視線に気づいたのか、不意に目が合った。彼は曖昧な笑みを浮かべると、すぐに花火へと視線を戻した。
「自分が願うのは蛍丸と愛染国俊の健康」
あっデスヨネー。知ってた、と口を開こうとする前に明石の言葉は続いた。
「もちろん、主はんもや」
「え……」
しばらく呼吸をするのを忘れたかと思った。
あの明石が自分の家族以外を気にかけることがあるなんて。しかもそれが自分だなんて。
いや落ち着け、彼は私の健康祈願をしたにすぎないのだ。それくらい別に特別な感情がなくても言えることだ。
いやいやいや。けれど。
彼は「家内安全」と言った。つまり家族の安全や健康を願うことだけれど、これでは家族の中に私が含まれているみたいじゃないか。
「か、家内……」
うっかり口をついて出ると、明石は照れたように笑ってそっぽを向いてしまった。不意に、彼の耳たぶが赤く染まっているのが目に入り、つられてこちらの顔も熱くなる。きっと酔いが回っているに違いなかった。