はじめてのおつかい(蛍さに・明さに)

 今日は蛍丸と万屋にお出かけすることになった。彼は退屈な書類仕事から解放されて嬉しいのか、マントをひらひらさせながらくるりと回った。
「主さんとデートっ、デートぉ〜」
「ふふふ。お買い物なのに大げさだなぁ」
 でもデートと言われて悪い気はしない。
 ばたばたと上着を羽織り、鞄を持つ。靴を履き玄関から出ると、待ち受けていた蛍丸からずいと手を差し出された。
「お手をどーぞ」
「はい。ありがとう」
 なんとも可愛らしいエスコートにニヤニヤしてしまう。
 私達は手を繋いだまま揃って通用門をくぐった。
 蛍丸は大太刀という大型武器の付喪神だ。しかし成人男性の姿をとることが多い他の大太刀と違い、私よりも身長が低く、子供の姿をしている。歳の離れた弟がいたらこんな感じなんだろうか。


 通用門まで歩いていると、彼の保護者がふらりと通りがかった。
「おやおや、どこ行くん」
「主さんとデート。えへへ、いいでしょ」
「万屋にお買い物に行くんです」
 蛍丸が自慢気に言うから、私は苦笑しながら事実を述べる。
「へぇ。いいですなぁ」
 彼は何の気なしに相槌を打った。
「じゃー行ってくるね」と蛍丸が手を振り、世間話もそこそこに会釈をして別れた。かと思ったら、数歩遅れて明石もついてきた。偶然かなと思ったけれど、門を出ても数歩後ろをゆったり歩いてくるのだからわざとだ。
「国行ぃ」
「ああどーもお構いなく。自分のことは風景の一部やと思って」
 蛍丸が振り返りながら抗議の声を上げると、彼の保護者は目をそらしながら答えた。
「明石さんも一緒に行きますか?」
「ままま、お構いなく、どーぞどーぞ」
 せっかくだからと隣を示すが、聞く耳を持つ様子もない。
 しかたなく蛍丸と歩みを進める。少しの間を空けて保護者、明石国行もゆったりとついてくる。やっぱり保護者だけに蛍丸のことが心配なのだろう。しかしそれにしても過保護すぎない?
 なんだかはじめてのおつかいみたい。もしかして私まで頼りないと思われているのだろうか。私はともかく、蛍丸はこう見えて百戦錬磨の大太刀だから心配する必要はないと思うのだけれど。
 蛍丸は慣れた様子ですぐに明石の存在を気にすることも忘れ、万屋までの道を楽しむことにしたようだった。
「あ、紅葉」
「本当だ。もう随分赤いね」
 明石が視界に入ったのでチラッと見ると、予想以上に優しい顔でこちらを見ていた。……もっとも、見られていることに気づいた瞬間そっぽを向いてしまったけれど。

 それから私達は万屋で買い物をした。お守りを買い、例の御札が目に留まる。買うかどうか悩み、ちょっとだけ買った。願掛け程度だけれど、今度の鍛刀キャンペーンは上手くいくといいなぁ。
 そして流れで刀剣男士のグッズやアクセサリー、日用品などを眺める。本当にデートみたいでなんだか楽しい。
 ふと、私達のお守りをしている明石のことが気になった。彼は楽しめているのだろうか。
「ちょっと待ってて」
 蛍丸をその場に留め、明石のところへつかつかと歩み寄る。彼は油断していたのか顔が緩みきっていたが、私が寄っていくのに気づくと目を丸くしていた。
「どないしました」
「せっかくだから参加してくださいよ」
 明石の手を握りしめて、強引に蛍丸のところまで引っ張っていく。「ちょお、ま……」と抗議の声が後ろから聞こえてくる。
「もー。国行は世話が焼けるんだから」
「いやいや、自分の世話は焼かんでええっちゅうに」
「明石さんが遠くにいると気にしちゃうので諦めて参加してください」
「はぁ、しゃーないなぁ……」
 彼は不承不承、とはいいつつも満更でもない様子で頭をかいた。
「主さん、俺にお土産買ってくれる?」
 蛍丸からきゅるんとした瞳でねだられたら、断れるはずもない。
「しょーがないなあ。何でも買ってあげちゃう」
「やったー」
 喜ぶ大太刀に保護者が口を開く。
「おやおや。物欲にかられて……ま、ええか」
 ちくりと釘を刺すはずの言葉が中断されたのを見て、さすが蛍丸には甘い、と笑ってしまった。
 私達は談笑しながら売り場を眺めた。
「根付なんてあるんだ。あ、これ蛍くんみたい」
 淡い黄緑色に輝くガラス玉が蛍丸の瞳のようで目を奪われていると、横からひょっこりと当の本人が首をつっこんできた。
「へー、いーじゃん。主さん、これ買って? 本体につけちゃお」
「いいよ。じゃあこれは明石さん」
 と、赤と緑のグラデーションがかかった石を手に取る。
「自分も?」
 彼はキョトンとしていたが「せっかくなので」と押し切った。ついでに今日は来ていないけど愛染のぶんも選ぶ。
 私も一緒に紅のガラス玉がついた根付を買い、財布につけた。蛍丸も早速柄の穴に通し、軽く振ってご満悦のようだった。
 明石はどうするのかと思ったら懐にしまっていた。なかば押し付けたようなものなので仕方がない。もらってくれるだけいいとする。


「主さん、おやつにしよ。お団子団子ー」
 ちょうどいい甘味処を見つけたので、団子を頼んだ。
「明石さんもどうぞ」
「いやいや。自分は――」
「わざわざ来てもらったのに水くさいじゃないですか」
 店員から受け取った団子をぐい、と突き出すと、彼は少々考えを巡らせた後ぱくりとそれを口にした。まさか私の手から直接食べると思わなかったので少し驚いた。
「ん、ごっそさんです」
「あ、はい……」
 なんだか照れてしまい、うっかり明石がかじった方の串を口にしてしまった。あ、と思ったけれどもう遅い。何の変哲もないみたらし団子のはずが、甘いのかしょっぱいのかよくわからなかった。
「間違えちゃった……恥ずかしい……!」
「あっはっは。油断大敵やなあ」
 その隣で蛍丸が「もー」とむくれている。
「国行、そんなに主さんと来たかったならデートに誘ったらいいじゃん」
「ええ!?」
「いやいや、何を言うてはるやら……」
 即座に否定されるかと思ったが、あさっての方を向くばかりでどうにも歯切れが悪い。蛍丸の付き添いのつもりではなかったのだろうか?
 顔色をうかがいながら、試しに「私は構いませんけど」と言ってみる。
「ちょ、主はんまで何言うてはりますの」
 明石の顔がみるみるうちに真っ赤になった。彼の意外な一面を見た気がして、顔の赤いのがうつってしまった。