ハロウィン


「トリックオアトリート! お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ、と……」
 審神者がすっと襖を開けたら、そこには真っ黒い布切れにくるまった明石が転がっていた。ハロウィンの真っ最中だというのに、すやすやと寝息を立てている。
 枕元には電気スタンドが置いてあり、なぜか煌々と明かりがついている。
 そして足元にはお菓子の入った籠。ご丁寧に「ご自由にお取りください」と張り紙がしてある。
「えぇ……。いくらなんでも寝るのは酷いんじゃない? もうちょっとまともに参加してよ……」
 審神者が困惑していると、すやすやと眠っているように見えた明石が何やらつぶやいた。
「参加してまっせ……今年は吸血鬼の仮装やで……」
「そうなんだ。まぁ随分手抜き、ええっと簡単な仮装だね……」
「ぐぅ〜……合理的と言ってや……」
 言われてみれば、この漆黒のマントはいかにも吸血鬼のように思えた。痩せ型で少し影のある明石の容貌には確かに似合っている。
 だが襟元からは普段の戦装束がちらりと見え、マント一枚羽織っただけの簡素なコスプレに審神者はこう思った。いくらなんでも手抜きがすぎるんじゃないか、と。
 審神者は足元の籠を見やる。ここからお菓子を持っていけばミッション終了だ。だが、それではつまらないと寝ている明石を揺さぶってみる。お菓子をもらっていないのだから、少しぐらいいたずらしても許されるだろう。
「吸血鬼さん、起きてくださいよ」
「ぐぅ……吸血鬼は明かりに弱いんで、明かりがついているうちはお休み中やで……」
 ゆさゆさ揺すられながら、わざとらしい寝息を立てて明石は解説した。
「あぁー、そういうこと!」
 それでこの電気スタンドかと審神者は膝を打った。そこまで用意周到に手を抜く気満々だと、逆に感心せざるを得ない。
 わざわざこんな小道具まで用意してくれたのだ。乗らない手はないだろう、と審神者はわくわくしながら言った。
「じゃあ消しちゃおうかな〜」
「消したら……どうなっても知らんで……?」
 妙に剣呑な声が聞こえてきた。審神者はドキッとしたが、無邪気を装って問う。
「どうなるの……?」
「……うぅん……むにゃむにゃ……」
 彼は寝息を立てるばかり。答えるつもりはないらしい。
 審神者の好奇心がうずいた。こうなったら消さない手はない、と電気スタンドのスイッチを押す。カチ、と音がして部屋が暗くなった。
 明石がゆっくりと起き上がる。目を見開くと、そこには赤い双眸が覗いていた。吸血鬼の瞳だ、と審神者は思った。
「え……?」
 あっという間の動きだった。明石はマントごと審神者を包み込み、首筋に唇を寄せかじりついた。
「あーあ。どうなっても知らんで、言いましたやん」