328〜私が審神者になった理由〜


「やっと出会えました! さにわさま〜、本丸でみなさまがお待ちしてますよう!」
 夢の中でその変な動物は言った。狐のようだけれど、隈取りのような文様が顔面に描かれている。おまけに人間の言葉をしゃべり、私のことをさにわと呼んだ。私はそんな名前ではない。
 体中にびっしょりと汗をかいて私は起床した。いつもはすぐに忘れてしまうような短い夢だったけれど、あの甲高い声や妙な狐の面がいやにはっきりと記憶に残っていた。
 その日から妙な偶然が目につくようになった。市役所の受付番号が328、たまたま目についたレシートの通し番号が0328、好きなアーティストのライブを予約したら受付番号が3028。それぐらいならまだ偶然かと一笑に付すことができたが、買い物をしたら釣り銭が328円だった時はさすがに油断していたこともあってレジの人の顔をまじまじと見つめてしまうほどだった。
 そしてたまに見るあの狐の夢。
「さにわさま〜! 早くこちらにいらしてください! みなさまが待ちかねていますよう!」
 私はさにわではないし、みなさまというのも何を指しているのか皆目検討がつかない。
 一人でいる時には妙な視線を感じるような気もするし、あの甲高い声がやけに耳に残っていて、夜が来るのが怖くなってきてしまった。
 怪異というものを信じたことはなかったけれど、もしかしたら悪いものに関わってしまったのかもしれない。お祓いにでも行ったほうがいいのだろうか。

 そんな折、仕事でイベントの手伝いをすることになった。なんでもゆるキャラのきぐるみがPRをするらしく、その介添えをしてほしいとのことだった。
「ひえっ……」
 そのゆるキャラを見た瞬間、情けないことに悲鳴が漏れた。夢の中で見た、妙な狐そのものだったからだ。
「こちら企業キャラクターの『おっきいこんのすけ』さんと言います。本日はよろしくお願いしますね!」
 先方の担当が明るく挨拶すると、きぐるみもお辞儀をして手を振った。
 おそらく私の顔はわかりやすく引きつっていただろう。だが仕事という一点でぐっとこらえ、話を続ける。あの夢は単なる偶然だ。おそらく何かの拍子にこんのすけというキャラクターを見て、それが夢に出てきただけだ。きっとそうだ。先方の話は半分以上頭に入ってこなかったが、曖昧にうなずいて打ち合わせは続いていく。
「ではちょっと私は舞台の様子を見てきますね」
 と、にぎやかな担当が退出していくと、会議室はいやに静まり返った。しんと張り詰めた空間に私と妙なきぐるみが残される羽目になる。
 何か話しかけるべきだろうか。妙な夢を見たとはいえ、やはり仕事相手なのだし。
 やきもきしていると、そのおっきいこんのすけはゆるりとこちらを振り向いた。
「さにわさま〜、やっと会えましたね……」
 そこからの記憶が私にはない。なぜなら、卒倒してしまったからだ。


「――っていうのが審神者になったきっかけ、かな……」
「なんやそれ……めっちゃオモロイですやん……」
 私と明石は本丸の執務室で一服していた。この騒動の張本人、こんのすけは私の膝の上でくうくうと寝息を立てている。
 なんかの拍子に審神者になったきっかけを聞かれ、いつものように経緯を話して聞かせたのだ。
「うん、そうだね……」
 この反応は慣れっこだった。遠慮を知らない短刀たちは大笑いしていたし、あの白山や鳴狐でさえも口に手を当てて笑いをこらえていたのだ。きっと審神者同士の会話でもそこそこ笑いをとれるだろう。
 だが、今でこそ面白おかしく語ることはできるが、当時は怖かったのだ。こんのすけの正体もわからなかったし、もしかしたら怪異にとって食われてしまうのではないか。そう思うと夜も眠れなくなるほどだった。
 こんのすけは我知らずと膝の上で居眠りを決め込んでいるが、私たちの会話を聞いているに違いない。時々ぴくりと耳が動いているのが隠しきれていない。彼に対しては思うところがないわけではなかったが、見た目のかわいらしさと持ち前の人懐っこさですり寄って来られると文句を言うのも忍びなく、私を恐怖に陥れた勧誘からうやむやになったまま今に至っていた。ぐにぐにと頬を引っ張り揉んでやると「はぐぅ……」と妙な寝言をあげた。
「こんちゃんが妙な勧誘をしたからいけないんだよ! そのせいで私、今も――」
 言いかけて口をつぐむ。実は今でも夜が怖くて寝付けずにいる時もあるし、夢にうなされる時もある。けれどそれは部下である刀剣男士に知らせていい内容ではないだろう。
 だが明石は察したらしく、やんわりと調子を合わせてきた。
「うちの蛍丸も一人で厠に行くのは怖いらしゅうて、自分を起こしにくるんですわ。かーいらしいとこもあるもんやで」
「……そうなんだ」
 戦場では恐ろしい強さを誇る蛍丸が、私の知らないところでは保護者に随分甘えた様子を見せるらしい。
「そんなことバラしちゃっていいのかなぁ」
 と呟くと、来派の保護者は人差し指を立てて口に当てた。
「主はんも厠に行きたくなったら起こしにきてくれても構わんで?」
「うぇ!? い、行かないよ……」
 私は顔を赤くする。冗談なのはわかっていたが、本当に起こしに行ったらどんな反応をするのだろう。案外本当に面倒を見てくれるような気もした。