枕元に眼鏡(クリスマス)

「はぁ……疲れた……」
 私はサンタクロースの衣装もそのままに、ぱったりと布団に倒れ込んだ。

 今日は朝から料理の仕込み。料理番に混じってチキンを焼き、シチューを作り、ケーキも焼いた。何しろ本丸は八十振りを超える大所帯だ。大広間では飾り付け部隊が張り切ってクリスマスの飾り付けをしてくれた。人数分のお菓子を買い付けて、サンタクロースの衣装に着替え、ひとりひとりに手渡しした。短刀たちは無邪気に喜んでいたけれど、長物たちはそのまま酒盛りを始め、私はサンタクロースならぬコンパニオンのようにプレゼントとともにお酌をして回り、呑み交わすはめになった。かくして本丸はいつもの宴会の光景と化した。酒を呑むのは嫌いではないけれど、何しろ朝から気を張ってフル回転していたものだから、あっという間に酔いが回ってしまったというわけだ。そして冒頭に至る。
 体はぐったりと疲れている。けれど脳みそはギンギンに冴えていて眠らせてくれそうにない。

「お疲れさんやなあ」
 そしてここに審神者サンタを興味深そうに眺めている奇特な男士が一名。明石国行である。
 彼には以前血迷って思いを伝えたけれど、適当にかわされてそれっきりだ。今思えばただの上司と部下でしかないのだから当然だろう。それでも、私は未だ割り切っているとは言えず、先程クリスマスプレゼントを手渡す時も顔がこわばらないようにするのがやっとだった。
「明石……さん」
「なんですの」
「…………」
 二の句が出てこない。だって今日は。今日だから。かすかな期待が胸をよぎるけれど、これが外れたら惨めなだけだ。ダメージが大きすぎて死んでしまうかもしれない。期待など、とてもじゃないけどできない。
 そんな私の気持ちも知らず、彼はのんきにこう告げた。
「今日はクリスマスですしなあ。サンタさんにお願いしたらええことあるかもしれまへんなあ」
「はは……。そんな、サンタさんに夢見るようなお年頃じゃないですよ」
 そうして私は布団に顔をうずめ、見えないように隠した。
 そもそも、酔いつぶれてぐったりしていたところを送ってくれたのは明石だった。いつも世話を焼いてくれるメンツを差し置いて名乗り出たものだから本丸のみんなもざわついていたけれど、何か勝手に事情を察して生暖かい視線やら微妙な声援やらを送られてしまい気まずかった。勘違いしないでほしい。私と彼の間には何も、ない。以前振られた惨めな過去があるだけだ。
 それなのに、彼はさっさと帰るかと思いきや、部屋まで上がりこんで勝手にくつろいでいる。やめてほしい。勘違いしてしまいそうになる。
「まあまあ、今日はお疲れさんでした。ほな、ゆっくりお休み」
 それでも疲れきったこの体は、ゆったりした声に逆らえない。幼子をあやすように背中をそっとさすられると、私の意識は沈んでいった。


 翌朝、ぼんやりと薄明かりが障子越しに入ってきて目が覚めた。しょせんパーティーグッズに過ぎないサンタ衣装は内側がごわごわしていて、寝心地はひどいものだった。酒を呑んだせいか体が鉛のように重い。
 布団の上で意識を失ったというのに、思ったほど体は冷えていなかった。背中には毛布がかけられていたのだ。
 枕元に置いてある何か硬いものが当たって、手の感触だけを頼りにたぐり寄せる。金属の細い棒状のものに、薄いガラス状のものが組み合わさっているもの。そう、眼鏡だ。見覚えのある形状の眼鏡に、頭の奥がじわりと痛む。
 ――朝になったら、サンタさんが枕元にプレゼントを置いてくれるんですよ!
 秋田のかわいらしい声で脳内再生されたが、これはそういった夢のあるものではない。わかっている。眼鏡の男士が自分の装備品を枕元に置いただけに過ぎないのだ。さっきから見ないふりしてきたけれど、布団の隣で見知った顔の男士がひとり、寝こけていた。それも憎らしいほど安らかな顔で、すやすやと寝息を立てている。思わず自分の体を確認してしまったけれど、狼藉をされたような跡は当然ながら何もなかった。
「なんなの……?」
 どういうつもりなんだろう。私はあっさりと振られて、枕を涙で濡らしながら眠れない日々を過ごしたというのに。それをあざ笑うかのように隣で無防備な寝姿をさらけ出すなんて。無神経にもほどがある。
 眼鏡を外して眠っている姿は普段よりあどけなかったけれど、こんな形で拝んだところで虚しいだけだ。
「人の気も知らないくせに」
 背中から毛布がずり落ちる。それで明石の首元までまくれてしまい、彼はもぞもぞと毛布にもぐりこんだ。そして毛布の裾をつかんで私の部分まで無意識に掛け直すと、あやすようにぽんぽんと背中を叩いた。まるでいつも愛染や蛍丸にしているような動きだった。
「……ゆっくりお休み」
 仮にも好きだったひとだ。こんな風に優しくされて、動揺しないわけがない。私は彼に背を向けて横たわると、顔を隠したまま少し泣いた。
 背中にそっと温もりが寄り添ってくる。私のこの煩悶を知ってか知らずか、彼は穏やかな寝息を立てたまま寄り添い続けた。
「……ずるいよ」
 そっとつぶやくと、ややあってから反応があった。
 ――なぁんも。
 寝息を立てていたはずの後方から、そのような声が聞こえた気がした。