明石国行は体温が低い


 明石国行は体温が低い。
 初めてその手を取った時、指先のひやりとした感触が印象に残った。
 刀剣男士だから、というわけでもないようで、例えば初期刀の陸奥守の手は温かい。短刀達も総じて温かい。全ての男士と触れ合ったわけではないからわからないけれど、彼らの体温の暖かさは人間的なように思えた。
 明石の体温の低さは、言うならば不健康で病的な印象を受けた。もちろん刀剣男士なのだから、人間の基準には当てはまらないのだろう。


 それは恐らく万屋に行った時のことだと思う。人混みに紛れてはぐれそうになってしまった時に救出され、手を引かれたのだ。
「はぐれんといて下さいよ」
「うん……ごめん」
 私は手を引きながら先を歩く彼の後頭部を眺めた。ただの護衛としてついて来てくれたのだと思っていたから、このように手を引いてくれたことが意外だった。ぎこちなく手を握っていて、まるで初々しいデートみたいだ。そう思うと不意に胸が高鳴った。
 それから、いつの間にか近くにいることが多くなった。ふらりと傍に現れては世間話をするようになり、さり気なく荷物を持ってくれたり、買い物についてきたり、その姿からは意外な世話焼きぶりに、いつの間にか落ちていたのだと思う。その体温の低い手がこちらに伸びてきても、私はすんなり受け入れた。
 明石の顔が近づいてきてそっと触れ合う。唇は意外なほど柔らかく、なかなか離れがたく何回かくっつけているうちに唇が自然に開いて深く繋がった。こんなに冷え切った体なのに口の中は温かく、私は彼を初めて生き物なのだと思った。


 初めての行為は執務室だった。
 押し倒された、というより、彼が仰向けに寝転がって体の上に引き寄せられたのだ。なんだか彼らしいな、と思わず笑ってしまった。それ以来、私が膝の上に座ったり、のしかかったりという体勢ですることが多い。私の体の下敷きになったまま悠々と眺めたり、気まぐれに手を出したり、そうかと思えば情熱的に抱いてくる。いつも余裕の表情でこちらを見上げているが、火がついてしまうとなかなか離してくれないのだ。
 私は大胆に開けられたシャツのあわせの間、あらわになった肌に手を置いた。外気にさらされたそこは、やはりひんやりとしている。
「そないなとこ触って何が楽しいんです?」
「だめ?」
「だめやないですけど、まあ」
 調子に乗って胸のインナーの下に手を差し入れてみると、彼はまあええですけど、とぼやいた。華奢と思いきや、無駄のない鍛えられた体。少し寄りかかった程度ではびくともしない。すべすべした肌の下からは心臓の鼓動が聞こえる。
 こうやってみると刀剣男士も人間と変わりない。彼らも息をして、汗をかく。
 何度も唇を触れ合わせていると、火が灯るように体がじわじわと温まっていく。すべすべしていた肌がうっすらと汗ばんでくる。
 明石のシャツのボタンを外していくと、形のよい腹筋があらわになる。ボタンを全て外し終え、さらにその下、スラックスに手をかける。内側から何か質量を持ったものがこんもりと押し上げている。そおっと手をやると、やはり確かな熱量を持っていて、私は彼を人だと錯覚してしまいそうになるのだ。


 初めての時、実はどちらが先に手を出したのか判然としない。ただなんとなくべたべたとくっついているうちにその気になってことに及んだ、そんなところだと思う。
 彼はやる気を出すまでが遅く、体が温まってくるまでは、そちらが先に手を出してきましたけど? というすかした顔をしてこちらの動向を眺めていることが多い。それならばと、こちらもわざとゆっくり触れる。腹筋の割れ目をなぞってみたり、特に感じるわけではなさそうなところを興味本位で探っていく。
「なんやおもろいことしはりますなぁ」
 余裕の表情を見せているけれど、たまにそれが崩れることがある。
「……っふ」
「くすぐったいの?」
 脇腹をつう、となぞると腰が跳ねた。戦う上で必要なさそうな部分まで人間そっくりに作られた存在。それがたまらなく愛おしい。
 調子に乗ってくすぐると、「ちょお……やめ……!」と床に転がりながら体をくの字に折り曲げる。私は声を上げて笑った。
 私は彼の弱点を知っている。恐らく私だけが。
「主はん。そんないけずばっかしてはったら、どうなっても知らんで」
「どうなるの?」
 明石は私の手を捕まえて引き剥がした。そのまますり合わせるように揉んでいく。冷たかった指先はだいぶ温まってきていた。
 彼は手袋を口で引っ張って取り去ると、そこらへ投げ捨てる。あの露出の多い手袋は一体何の役割を果たしているのだろうか? 刀を握る時の滑り止めとして必要なのだろうか、と勝手に納得して思考の隅に追いやる。私の手を柔らかく握っていた彼の手は、するすると上に伝ってきて、今は二の腕をくすぐるように揉んでいる。
「……楽しい?」
 と問いかけて、似たようなことを言われたなということを思い出す。
「せやなぁ」
 と、肯定なのか思案なのかよくわからない返事が返ってきて、明石の手はさらに上に伝っていき、袖から服の中を探ってきた。
「ちょっ、」
「どないしました?」
「く、すぐったぁ……っ」
「へえ?」
 彼はにやにやと軽薄な笑顔でこちらを責めてくる。これは仕返しだ。くすぐったいのか感じているのか曖昧なところを責められて、私は抵抗した。どっちつかずのもどかしい感覚は好みではないが、彼はその手を止めない。
「やめ……っあ」
 明石が喉の奥で笑っている。
「ちょっと……!」
 抗議すると、彼はさすがに手を止める。そして私を抱き上げると太腿の上に向かい合うように座らせた。
 スラックス越しに、熱量を持ったものの感触が伝わってくる。太腿を押し付けるようにしてゆっくり腰を動かす。スカートの裾がまくれ上がってきて下着が見えそうになるが、もうこのような状況に慣れてしまった。そこをゆっくりと明石の手が這っていく。太腿をやわやわとさすり、まくれかかったスカートの中へ侵入していく。
 余裕の笑みを浮かべていた明石からだんだん表情が失われていく。手のひらで彼の頰を包み口を寄せると、誘われるように吸いついてきた。唇を触れ合わせているとだんだん呼吸が上がっていく。
 手がスカートの中に無遠慮に侵入してきて、下着を引っ張ってきた。腰を浮かすと、するすると私の下着を脱がしていく。しっかりと濡らした下着を確かめて、彼は笑みを漏らした。
「……なに」
「主はん、やらしーなぁ」
 そんなことを言うけれど、やらしーのはお互い様だと思う。スラックスのファスナーを下ろしていくと、彼の下履きはじっとりと湿っていて、同じじゃないかと勝ち誇った気持ちになるのだ。
 下履きを探り、彼の陰茎を露出させた。刀剣男士の美しい姿からは想像できないほど生々しい形をしていて、先端から温かくてぬるぬるした液体を垂らしたそれを、太腿の間に挟み込む。そしてゆっくりと前後に腰を動かすと、明石の口からくぐもったうめき声が漏れた。
 彼の表情から余裕が失われていく。彼は隆起したそれを、入口に充てがった。熱くて質量をもったそれが侵入してくる。浅く挿入を繰り返すと、その度にじわりと体の奥底からうずくような快感が湧き上がってくる。
「……っあ」
 ふと明石が私の腰をつかんだ。抱きしめるように力任せに引き寄せると、剛直が奥まで押し入ってくる。お腹の奥がいっぱいに満たされて、呼吸ができない。はっ、はっ、と舌を出しながら酸素を欲すると、彼が顔を寄せてきて舌をちゅうっと吸い上げた。苦しくてもがくけれど、しっかりと抱きとめられていて、私は明石の首にしがみついたまま腰をくねらせることしかできない。もがくたびに首のチョーカーが乱されていく。主導権を握っていたはずの力関係はいつの間にか逆転していた。頭の中がふわっとして、体の奥が擦れてびくびくと波打つ。彼自身がどくどくと震えるのを感じ、生温かい液体がじわっと広がっていく感触がする。
「……ん……っ」
 それでも彼は口づけを止めない。口の周りがよだれでべたべたになってもお構いなしで、もっと深く、と求めてくる。どこか冷めた瞳をしていて、何をするにもやる気がないと公言する彼のこんな姿を誰が想像しただろうか。
 ぎゅう、と名残惜しそうに抱きしめられて解放される。ようやく口が離れ離れになって、肩で荒い呼吸をした。
 明石がふうっと息を吐くと同時に、仰向けに倒れ込んだ。私も抱きしめられたまま体を預ける。未だに私の中に入り込んだままの存在が、ごりっとえぐってきて声が漏れてしまった。
「んあっ」
「……おやおや。まだそないに元気なんてお盛んですなぁ」
「どっちが!」
 私の反論に明石は喉の奥で笑う。一度精を放った彼自身が、未だに私の体に繋がったまま蓋をしているのだ。
 私はくたっと彼の胸にもたれかかった。情事の後の、ほんのわずかな睦言を交わす時間。明石の手が私の髪に触れ、くすぐってくる。
 優しいキスが頰をくすぐって、勢いを失いつつある彼自身が引き抜かれる。色々なものが混ざり合った液体がどろりと衣服を汚した。
 彼は情熱的に抱いた後、急に熱がさめたように冷静さを取り戻す。そそくさと服を着て、いつものようにすかした顔をし、刀剣男士の一人に戻るのだ。私は彼との距離感を測りかねている。



 彼は暑いのが苦手だ。
 正確には、暑いのも苦手だし寒いのも苦手。気温の変化に弱いらしく、夏は涼しいところで転がっているし、冬は寒そうに縮こまっている。
 しかし「あっつぅ……」などと言いながら何故べったりとくっついてくるのだろうか。今も仕事中の私の背中にひっついて、肩に顎を乗せている。
「くっついたら余計暑いよ」
「そないないけず言わんといて下さいよ」
 明石の前髪がじゃれつく猫のように私の耳元をくすぐってくる。胸元に手を回して抱きしめてくる。上着は脱いでいるものの、夏の暑さで温められた明石はさすがに体温が高い。密着した背中に熱がこもり、じっとりと汗をかいてくる。
 頬に口づけたかと思うと、耳たぶを軽くはんでくる。手は体の前方に回され、私のシャツのボタンを探り当てたかと思うと、様子をうかがうように、ひとつ、またひとつと外してくる。これでは仕事にならない。
「ちょっと、」と抗議するが、くすぐるように顎の下を撫でられ、そして唇で塞がれる。下唇を執拗に食まれて沈黙するしかない。胸元をまさぐられて、喉からくぐもった声が漏れる。
「……ん」
 的確に胸の先端をとらえ、ふにふにと指でいじってくる。もはや抵抗する気力も起きず、私は体重を預けながらその快感に身を任せた。
 ぐらりと体勢が崩れ、床に押し付けられた。私のスカートをまくり下着の中に指を差し入れ、割れ目にそってなぞってくる。彼にしては随分性急な動きだと思ったが、私も余裕があるわけではない。つぷ、と浅く指を差し入れられて私は声を漏らした。
 半端に着衣を乱したまま、彼の剛直がゆっくりと押し入ってくる。ぼたぼたと彼の体から生ぬるい雫が垂れる。
「どう、したの?」
「なにがです?」
「珍しいじゃない、こんなにやる気出して」
「たまには本気を出してもええか思いましてん」
「ほんき?」
「ん、」
 あえぎ声とも返事ともつかない声をあげ、腰を打ち付けてくる。私は追い込まれながら思わず笑ってしまった。
「っは、ふふっ」
「……何わろてますのん」
「んーん」
 私は首を振る。かわいいな、などと思ってしまったことは教えてやらないのだ。
 彼は不満そうに口を尖らせると、腰の動きを早めた。小刻みに奥を責められて、ぞくぞくとした快感が湧き上がってくる。
「っあ、あんっ……っはぁ」
 ふぅ、ふぅ、と荒い呼吸で快感をやり過ごそうとするがうまくいかない。ふと明石が空をかく私の手を掴み、親指の腹で優しく触れてきた。この関係について言葉を交わしたことはないけれど、愛おしむようなその行為に胸が締め付けられる。好きだと言ってしまったら、彼は笑うだろうか。
 彼はその様子を見咎めて顔をすり寄せてきた。
「なぁに考えてるんでっしゃろなぁ?」
「……かわいいなぁって」
 はぁ? と明石はぽかんと口を開ける。しまった、せっかく内緒にしようと思ったばかりなのに口をついてしまった。
「あんなぁ。大の男をつかまえてそないなこと言います?」
「明石さんのことだなんて、一言も言ってませんけど?」
「……情事の最中に他のこと考えるなんてええ度胸してはりますなぁ?」
 そう言うな否や、私の肩を軽く噛んだ。
「いった……」
 抗議の声にも構わず、かぷかぷと噛み、ちゅうっと吸いついて跡をつけていく。こんな風に独占欲を示してくるなんて初めてのことだった。
「他のことなんて考えられんようにしたりますわ」
 元より他のことなんて考えていない。そんなことは恐らく彼も承知の上だろう。ただの都合のいい口実だ。ぐっと全体重をかけて奥を責めてきて、ついでのように親指の腹で胸の弱いところ、とうに勃ち上がったそこをぐりっと押しつぶした。
「あ、んんっ」
「……っ」
 下腹部がじんわりとうずき思わず腰をくねらせると、明石が反応して声を漏らした。
 かわいいなぁ、と思う。何故か声を我慢しているのも、人がいると決して近づいては来ないのに人がいないところではべたべたくっついてくるのも、汗ひとつかかなそうな顔をして、びっしょり汗をかきながら行為に及ぶのも。全部、私しか知らないことだ。
「……ふふっ」
 私はその柔らかい頬に手を伸ばして触れた。顔を寄せてきて深く口づける。がつがつとした余裕のない責め方によってあっという間に上り詰め、ぶるりと体が打ち震えた。
 二人とももうすっかり汗だくだった。明石が力なく覆い被さってきて、肩口で荒い呼吸を吐いている。普段懐かない大きな獣が身を寄せてきたような、そんな気分だった。なんだかとてもたまらなく愛おしい気分になって、ぎゅうっと腕に力を込める。明石は不思議そうな表情をしていたけれど、やがて微笑んで頰を寄せた。
 刀剣男士と人間。来し方も異なり、いずれ行く先を違えることになろうとも、この体温が交わる時だけは、ひとつになれるのだ。