バレンタイン2024


思わせぶりと勘違い


 今朝方、審神者と廊下で顔を合わせたら呼び止められた。明石国行は審神者と二人、廊下に立ち尽くす。
「いつもお世話になっております〜。これどうぞ」
 と、まるで業務の一環のようにラッピングされた箱を渡され、何の気無しに受け取ってしまった。
「なんですのん。袖の下か何か?」
「そうそう。今日はバレンタインなんだよね」
 聞いたことがあった。意中の人や友達、仕事仲間などにチョコレートをプレゼントする日だ。様々な意味合いがあるらしいが、これは審神者の発言からして仕事仲間に配っているものだろう、と当たりをつける。
「はあ、どーもおおきに」
 ただの義理だとすぐに興味をなくし、適当に返事をしてそそくさと去ろうとすると背中から声を掛けられた。
「昨日から始まってる強化訓練、今日もよろしくね」
「そないに言われたらサボれへんやないですか……」
 明石は小箱を受け取ってしまったことを少々後悔した。
 今日も袖の下をたてにこき使われるのだろう。じっとりと嫌味を込めて言い返すと彼女は笑った。



 今回から始まった「ちよこ大作戦」は政府の指定したお題に沿って隊列を組む訓練らしい。そこまではいいが、訓練終了後には妙な形のチョコレートがもらえるという。訓練に参加し、実物を目にして何とも形容しがたい気持ちになった。
「なんでチョコレートなんやろ」
 明石がつぶやくと、隣にいた歌仙が反応した。
「おや、知らないのかい。西洋の習慣が日本で根付いて、チョコレートを贈るらしいよ」
「知ってますわ。バレンタイン、言うんやろ。けど政府からこないな形で貰てもなぁ……」
 ハート形のチョコレートの表面には敵陣のマークが印刷されていたりして、ノベルティグッズにしては悪趣味だった。首級などと言って集めている者もいるが、自分はそのような気持ちになれない。愛染や蛍丸に土産として持ち帰ったとしても、喜んでくれるか微妙なところだ。
「なに、本気にすることはないさ。いわゆる義理チョコってやつだね」
 適当に青江が相槌を打つ。
 義理チョコといえば今朝審神者に貰ったチョコのことを思い出す。なんだかもやもやしていたのもあって、つい口が滑ってしまった。
「そういえば、主はんからチョコ貰たんやけど。『お世話になっております〜』言うてチョコレート配ってたもんやから受け取ったら、ハートの形が入ってましてん。こんなん勘違いするで」
 実際、明石自身も勘違いしかけた。やけに可愛らしい包み紙に高級そうなチョコレートが控え目に箱に収まっていて、柄にもなく浮き足立ってしまったのだ。しかしあの言い草はどう考えても義理だ、と我に返る。
 義理チョコなのだから、てっきり皆にも同じものを配っているのだとばかり思っていた。だからこれは自慢などではなく、むしろ勘違いしないようにという注意喚起のつもりですらあった。
 だが、明石の思惑に反して隊の空気は凍りついた。
「……は?」
「何それ?」
「俺そんなの貰ってないけど?」
 特に審神者に親しい面々の顔色が変わっていくのを目の当たりにして、明石はやらかしてしまったのだと悟った。
 いかにも義理チョコという風体で渡してくるものだから何の気無しに受け取ってしまったけれど、あれは義理チョコなどではなかったのだ。
 どうやら勘違いしてたのは自分の方だったらしい。
「さよか。なんでやろなぁ……」
 おどけたように相槌を打ちながら、明石はいかにこの場を切り抜けるか考えていた。

(了)